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ガレット屋にて。過去。現在。未来。
その日、娘を連れた私は新宿駅の改札前でA子に再会した。
「うわーっ! 久しぶり!」
お互いに顔を見た瞬間からマシンガントークが止まらない。娘を「可愛い可愛い」言いながら、きゃっきゃと笑うA子の姿を見て、彼女は昔からずっと変わらないなと思った。
A子とは、大学時代に一緒にフランスに短期留学したことがきっかけで仲良くなった。知り合って長いが、定期的に会っていた訳では無い。前回会ったのはコロナ禍前だね、と確認して、5年以上前であることに二人して驚いた。そう、間が空いたとしても、違和感なく笑えるそんな関係なのだ。
この日は、ガレット屋でランチの予定だった。お目当ての店は人気があるようで、開店前から列が出来ていたが、A子が予約してくれていたおかげで、すんなりと店内に入れた。感謝。
店内に入ると、フランスの雰囲気をところどころで感じた。勿論、客の大半は日本人で、ここは日本の一レストランなのだが、メニューに記載されたフランスの地名だとか、店員が話しているフランス語だとか、そういったちょっとしたものに心の中のセンサーが反応して、私達のテンションは高まっていった。店員が私達のテーブルにメニューを「Voilà」と置いた時、留学中、スーパーでお金を払う際にA子に「Voilà」の発音を褒められたのを思い出して、思わずにやりとしてしまった。
留学後、かなりの時間が経つけれど、飛び交っているフランス語が聞き取れることに二人で目配せしながら喜び、「これ懐かしいね」と言いながら、メニューを見る。これはきっと、フランスで同じ時を過ごしたからこそ、分かり合える感覚なのだと思う。
留学当時、私は20歳だった。人とは違ったことがしたくて、留学先に英語圏ではなくフランス語圏を選び、初めて自分で海外行きの航空券を購入し、保険を契約し、国際携帯電話をレンタルし‥一つずつ準備を進めていったんだっけ。
留学中は、ホストファミリーが変更になるトラブルがあったし、フランス語が全然できなくて、毎晩、間接照明の薄暗い部屋で勉強していたことは、今でもよく覚えている。
勿論、楽しかった思い出も書き記せない程あり、現地にパン屋やハンドメイドショップなどお気に入りの店ができたことが、その地で生活している実感を感じられて、なんだか嬉しかったし、週末はA子と近隣の街の観光に出かけて、歴史的な遺産や芸術に圧倒されたり、美味しい料理に舌鼓を打ったり、それはもう本当に楽しかった。
留学を通じて、思い切って新しい環境に飛び込む度胸がついたし、コツコツと積み上げる大切さも学んだ。フランス語も少しは上達した(と思う)し、フランスという国を大好きになって帰国することができた。そして何よりも、A子という友人に出会えた。留学して良かったと心の底から感じている。
さて、現在の私はフランス語からは大分離れてしまっている。暫くはフランス語の勉強を細々と続けていて、スクールに通っていた時期もあったけれど、最近は全く手を付けていないので、どんどんフランス語を忘れていってしまっている。これは勿体ないので、独学にはなるけれど、フランス語の勉強を再開しなければと考えている。
そして、いつか娘を連れてフランスに行きたい。私が好きになった街を娘と一緒に歩き、私が好きな気持ちを共有できたら嬉しい。
それから、これも大事なことなのだが、娘が成長して、同じように留学したいと言った時に応援するための準備を進めておきたい。学生時代は意識することはなかったが、留学したいと希望した時に、反対もせず、その費用を快く出してくれた親に対して、今は感謝している。親から私がしてもらったことを、私は娘にしてあげたい。
途中で集中力が切れてしまった娘をなだめつつ、ガレットを楽しみ、フランス留学時を思い出した私達は、また会う約束をして帰路についた。
別れ際に、A子が出産祝いとしてプレゼントしてくれたのはマカロンで、これまたフランス由来のものだった。私達の心の中には、仲良くなったきっかけであるフランスという存在が今でも生きている。
ただし、私達はフランスに縛られているわけではない。次会うときは、回転寿司に行くと決めているのだ。