『通りすがりのおっさんより』【即興小説トレーニング】
◆お題:あいつとお正月
◆制限時間:15分
◆制限時間内作品:『通りすがりのおっさんより』即興小説トレーニング
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もう幾つ寝るとお正月。
歌声はなくとも、脳内で自然と再生されるBGMを聞きながら、俺はスーパーをうろついていた。
今日は1月3日。正月も過ぎたというのに、「もう幾つ寝ると」はおかしくはないだろうか。
そういえば、いつだったか、同じようなことを言って笑った気がする。
いつだったか。それは次のBGMが流れた瞬間、思い出すことができた。
――そうだ。高校の時。
BGMの声の主と、まだ馬鹿みたいに笑いあえた時だ。
すれ違った女性2人組が、天井を――実際にはBGMをだろう――指さしてあいつの名前を唱えた。
まさか、あいつが日本中誰もが知るような、アイドルになるなんて。
そう思った瞬間、ああでも、が脳内を駆け巡る。
確かに、何で俺たちとつるんでるのか分からないくらい、容姿は整っていたよな。
BGMにあわせて馬鹿みたいに歌った「もう幾つ寝ると」が、やたら上手かったよな。
身体に軽い衝撃があって、それから「すみません」と聞こえた。
すみませんの背中に、反射ですみませんを返してから、ぶつかったのだと気づいた。
通路の真ん中でぼーっとしてしまった。
そうだ、シャンプーを買いに来たんだった。
日用品の棚をひと舐め。見慣れたパッケージは見つけることができなかった。
まあ、これで良いか。
手に取ろうとした瞬間、別の商品のポップが目に留まった。
――あいつだ。
高校時代よりも見るようになった笑顔が、高校時代と同じ顔で笑って、貼り付いていた。
伸ばした手は一つ上の――ポップの――商品を手に取り、籠に放り込む。
10分ぶりに出た外は、相変わらず寒かった。
「あいつに正月とかあんのかな」
白い息を見ながら、まあ、あれが正月なのか、とテレビの中のあいつを思った。
連絡なんて、とっくの昔に途絶えてしまった。
「うう、寒い」
家に帰ったら風呂に入ろう。シャンプーも買ったし。
その前に。
「この辺、文房具屋とかあったかなあ」
あいつの人生を通りすがっただけのおっさんから手紙なんて、気色悪いだろうか。
(861字)
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