『朧村正』十周年記念雑文
ドーモ、こんにちは。
妖怪蒐集家の蠱毒大佐だ。
今日、2019年4月9日は、ヴァニラウェア開発・マーベラスエンターテイメント発売のゲーム『朧村正』の発売十周年だ。
今朝になって、ぶいちゅーばー界のカレンダーマンこと赤月ゆに氏のツイートでそれを知った。
『朧村正』……私はこのゲームがNintendo Wiiのソフトとして発売された当初からプレイしている。
予約特典の「特大屏風型絵巻」も所有している。折り畳むと縦37.5cm、横21.4cmという、何とも収納しにくい大きさでゲームアートが収録された逸品だ。
肝心のゲーム内容は……只々面白かった。
アクション、ストーリー、アート、キャラクター、ミュージック……どれを取っても素晴らしい完成度であり、その美しい世界観にどっぷりと没入した。
周囲の人間がWiiで友人家族とヌンチャクを振り回したりハンドルを握ったりしている中、私は一人黙々と扱い難いコントローラー横持ちで鬼助や百姫を操作し、浪人や妖怪を斬り伏せていた。
Wii発売から四年後の2013年にはPSVITA版が発売され、当然それもプレイした(操作性はこちらの方が遥かに良かった)。
4つのDLC(これも文句なしの傑作ばかり!)も揃え、本編・DLCのOSTと、公式アレンジBGM集も買った。
海法紀光氏による外伝ノベライズも読んだ。
つまり、私は『朧村正』の大ファンというわけである。
今日が十周年だと知った私は、現在編集中の投稿予定動画を脇へうっちゃらかし、この記事を書いている。
『朧村正』の面白さ、奥深さをもう一度世に喧伝したい、ただその一心で書かれた記事である。
読んでいただいている諸君の中で、既にプレイされている方々は、どうか共に『朧村正』の数々の想い出に浸る切っ掛けにしていただき、また未プレイだという方々には是非ともこの記事を参考に実物をプレイして、私が得た感動を追体験していただきたい。
・『朧村正』とは何か
『朧村正』は「絢爛絵巻和風アクションRPG」である。
舞台は江戸時代、五代将軍綱吉が治世する元禄日本において、武士、浪人、姫君、忍者、妖怪らの様々な思惑が入り乱れる剣戟群像物語だ。
主人公は記憶を失った抜け忍の少年「鬼助」と、邪悪な剣豪に取り憑かれた姫君「百姫」の二人であり、それぞれの視点から日本全国を駆け巡る物語が展開していく。
主人公二人を取り巻く人々の欲望や使命に、藩や幕府の陰謀、魑魅魍魎どもの暗躍、果ては輪廻転生の因果応報まで絡み合う複雑な情況の中、鬼助と百姫は己の求めるもののために剣を振るう。
その血みどろの戦の果てに、二人が迎える結末とは……。
・「絢爛」にして「身近」なアート
『朧村正』を語る上でまず筆頭に挙げられるのが、その描き込まれた美術の数々だろう。
その名の通り「絢爛絵巻」と呼ぶべき美しく整った背景・オブジェクトの数々は、プレイヤーの視覚を真っ先に支配し、この作品がただものではないという認識をダイレクトに伝えてくる。
色彩豊かに春夏秋冬・二十四時間を表現し、物語の悲喜交交を最大限まで引き立てる演出となっている。
しかし、このアートの何より凄い所は、その「身近さ」にあるだろう。
例えば、食事。
この作品はとにかく食事に力が入っている。それは単なる回復アイテムやフレーバーテキストではなく、実際に目の前にお出しされたかのようなリアリティを伴って登場するのだ。
フィールドで手作りする鍋料理、道中の休憩茶屋で出される蕎麦や菓子、遊郭で注文する寿司天麩羅など豪勢な料理……その全てが偏執的なまでに描き込まれた「料理」として現れる。
そしてプレイヤーはそれを少しずつ……あたかも本当に箸を取り、口に運んでいるかのように、段階的に「食べる」のだ。
それはゲームプレイとしては「手間」だろう。ただ体力を回復するだけなら、カーソルを動かして項目を選択し、「〇〇を食べた」というテキストが表示されればよいのだ。
しかし、この「手間」があるからこそ、この時の料理は実写を上回るほどの臨場感でこちらをぶん殴ってくる。
より具体的に言ってしまうとお腹が空く。八割以上の確率(個人の感覚)でプレイヤーは強い飢餓感を覚えるだろう。それほどリアルなのだ。
例えば、温泉。
この世界の各地には温泉が点在し、主人公たちが入浴することで体力回復などの恩恵が得られる。
もちろん、ここだって単に「温泉に入った」というテキスト一行で済ませる事ができるのだが、ここではそうならない。
服を脱ぎ、手ぬぐい一枚だけ持った主人公が岩場から姿を現し、歩いて温泉の中に入る(この時、走るアクションは封印されている)。温泉に入り、しゃがむアクションで肩まで浸かり(これらの動作は全て温泉シーン専用のグラフィックである)、また歩いて岩場まで戻る……ここまで操作して初めて、温泉の効果を得られるのだ。単なる回復ポイントとしてみればこれほど無駄なことはない。
だが、ここに力と手間を入れているからこそ、プレイヤーは入浴という身近な行動への親近感を覚えるのである。
温泉にゆっくり浸かる、そこに偶然居合わせた人々(たまに猿や猪もいる)と語り合う、そういったイベントがあることで、プレイヤーはこの作品への更なる没入感を得られるのだ。
……もっとも、そういう理屈云々以前に、登場人物らの入浴シーンをまじまじと観察できる、サービスカットという恩恵のほうが遥かに強いだろうが。
・華麗にして爽快なアクション
この作品はアクションゲームだ。主人公の鬼助・百姫はそれぞれの出自からは似つかわしくないほどの剣の達人であり、素早い連撃を繰り出す「太刀」と重く強力な一撃の「大太刀」の二種類の刀を振るう。
操作はシンプルであり、とにかく敵を斬って斬って斬りまくるのが主体の非常に爽快なアクションである。
もちろん、難易度もそれなりに高い。刀は使い続けると破損し、一定時間を経なければ再使用できなくなる。刀の耐久度や得手不得手を確認し、使い分ける判断力が求められるのだ。
敵も多彩な戦い方を有しており、それぞれに有効な手立てを模索しつつ斬り結ぶことになる。
空を飛び、木々の間を跳ね回る忍者や天狗をジャンプアクションで追い詰め、離れた場所から飛び道具を放つ亡霊には弾き返しで対応し、間合いを詰めてくる浪人や怪僧とは防御と武器破壊を交えた駆け引きが必要となる。
ボスの多くは見上げるほどの巨体だ。体格的に何倍も勝る敵と相対し、刀一本でこれを倒すというシチュエーションは、遥かな神話時代から続くセオリーであり、だからこそ心身が燃え立つ。
シンプルだが単純なプレイングでは攻略できないからこそ、有象無象を斬り捨て、強大な敵を打倒した時の爽快感は計り知れない。
非常に絶妙なゲームバランスの上に、この作品の面白さは成り立っているといえよう。
・深遠な因果応報ストーリー
この作品の物語は、とにかく「因果応報」だ。
鬼助・百姫の要所での行動が、同時進行する登場人物たちの物語に影響し、やがてそれが自らに帰ってくる。現在の人だけでなく、妖怪や神仏、過去にあった因縁が彼らの生き方を左右する。そして物語の結末、その選択次第によって、二人の主人公はそれぞれが異なる未来へと旅立つ。
言葉にすると実に当たり前なのだが、この作品はそれが如実に伝わってくる。それは、物語のあちこちに振りまかれた伏線やキーワードが緻密に設計されており、片方の主人公の一つの結末だけでは全てを俯瞰する事ができないようになっているからだろう。
『椿説弓張月』や『南総里見八犬伝』を彷彿とさせる、読本・戯作文化を下敷きにした物語は、現代の我々には目新しく面白く映り、それでいてどこか「十八番」のような安心感を与えてくれるのだ。
ここまで、『朧村正』本編の全体的な評価を記してきたが、次からはDLCなどの派生作品とOSTについて紹介する。
・これがDLCとは信じ難い、ボリューム満点の「元禄怪奇譚」
PSVITA版の発売の後、追加された四つのDLC「元禄怪奇譚」。
本編とは異なる、しかしどこかがリンクした短編物語であり、アクション要素、音楽、キャラクターもそれぞれ完全新規という、DLCの範疇を逸脱した重厚な出来栄えとなっている。
一作目「津奈缶猫魔稿 通称:化猫」は、「鍋島化け猫騒動」を参考にしたかのような、化け猫娘の復讐物語である。
嫉妬と策略により主人を殺された猫・三毛が、無念を晴らすべく飼い主・お恋の姿に化け、爪牙と変化術で縦横無尽に暴れ回る。可愛らしくも恐ろしい、化け猫の一挙手一投足が魅力的に描かれている。
中間ボスとして登場する某高名な化け狸との一戦は、妖怪好きとしても一押しである。
それから温泉は三毛が嫌がっても絶対入ろう。
二作目「大根義民一揆 通称:一揆」は、かの迷作ゲームを思い起こさせるコミカルかつ物悲しい百姓物語である。
飢餓と重税に喘ぐ百姓・権兵衛は、窮状を脱するため、村の同志と共に行動を開始する。鍬鎌竹槍という、ある意味お馴染みの道具を使い、時には亡妻の幽霊・お妙に助けてもらいつつ、権兵衛は慣れぬ戦いに身を投じていく。
温泉での夫婦水入らずシーンは色んな意味で必見である。
三作目「七夜祟妖魔忍伝 通称:白蛇」は、里を裏切った抜け忍・嵐丸が、自身に神罰を下した白蛇神と共に、出生の秘密と恐るべき陰謀に迫る忍者物語である。
どこか某名作忍者劇画を思い出す嵐丸は、本編の鬼助がほとんど出さなかった忍者アクションがふんだんに盛り込まれており、トリッキーな戦い方は嵌まること間違いなし。『児雷也豪傑譚』のエッセンスも交えたストーリーの壮大さはDLC中一等賞だろう。
神々しい白蛇の秘めた一面を見たいなら温泉に行くべきだ。
四作目「角隠女地獄 通称:鬼娘」は、女好きの放蕩者・清吉が、ひょんな出会いから一目惚れされた閻魔王の娘・羅邪鬼に付きまとわれるラブコメ(?)物語である。
あの鬼形宇宙人娘の面影を持つ羅邪鬼は、打ち出の小槌で幼女・美女・大鬼の三段変身が可能という、どの層にも届くハイスペック鬼娘。DLC四作の中でも突出した個性を持ち、ストレートな「恋愛」の物語といえるだろう。
温泉は言わずもがなである。
・千変万化の作中音楽を網羅したOST
今やゲームを評価する時、最重要の要素の一つとして挙げられる「音楽」。『朧村正』は無論のことながら、BGMも評価が高い。穏やかな道中、不気味な古戦場、神秘的な聖域、妖艶な遊郭など、様々なシチュエーションを盛り上げる良質な音楽は、通常時BGMと戦闘時BGM、シームレスに違和感なく入れ替わる。
それら数多くの楽曲を網羅したOST『朧村正 音楽集』は、CD三枚組という圧倒的ボリュームで、ジャケットイラストも完成度が高い。
そして本編OSTだけでなく、公式アレンジ楽曲と未使用楽曲・未使用アートを収録した『朧村正 音楽集 変奏ノ幕』、DLC「元禄怪奇譚」で新規収録されたBGMのための『朧村正 元禄怪奇譚 音楽集』もある。
完成度の高い楽曲を余すことなく網羅したこれらのCD、ファンならば手元において損はないだろう。
・完全オリジナルストーリーノベル『朧村正 鳥籠姫と指切りノ太刀』
海法紀光著・藤ちょこ画という、信頼しかない二人でお送りされた外伝小説が『朧村正 鳥籠姫と指切りノ太刀』(ハーヴェスト出版・みのり文庫)だ。
本編には存在しないオリジナルストーリーであり、鬼助・百姫の両主人公それぞれの視点で物語が進行する、ゲーム本編と同じ構成となっているが、本編ではほとんど出会うことのなかった二人の物語が交錯する、外伝らしい要素もある。
『朧村正』の諸要素を踏襲しつつ、異なるエッセンスも含んだ名作であり、既プレイヤーなら一読の価値ありだ。
さて、ここまで勢いに乗ってズラズラと書き連ねてきたが、果たして最後まで読み進んでいただけた方はおられるだろうか。
私はとにかくこの十周年という記念日に『朧村正』への愛を叫びたかっただけである。これでもまだまだ書き足りないという思いは強いのだが、文量の都合、時間の問題、ネタバレ回避などを考慮してこの辺りで筆を置こうと思う。
少しでも『朧村正』の魅力が伝わったのなら幸いであるし、これを切っ掛けに『朧村正』をプレイしようという人が出たのなら、これほど嬉しいことはない。
それでは、お達者で。