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"専門家に聞く再生医療の今とこれから" Collective Intelligence Special Session

開催時期 2020年7月3日 19:00~20:00

国内のiPS細胞を使った再生医療は、2014年に世界で初めて自分の皮膚組織から作製したiPS細胞を使った再生医療(自家移植*)が実施されました。その後、2017年に国内初となる他人の細胞を使ったiPS細胞を用いた再生医療(他家移植)が実施されました。その後、昨今では複数の拠点から臨床研究として再生医療実施計画が了承されており、臨床研究が行われています。


*自家移植:自分の細胞・組織を自分へ移植すること
例)被験者Aより皮膚を採取して、その皮膚からiPS細胞を作製する。その後、そのiPS細胞から移植用の細胞を作製して、被験者Aに移植する。
*他家移植:他人の細胞・組織を移植すること
例)細胞バンク等で予めiPS細胞を作製しストックとしておく。その後、ストック細胞を用いて移植用の細胞を作製し、被験者に移植する。
参考リンク:
https://www.amed.go.jp/news/release_20170316.html
https://www.amed.go.jp/pr/2016_seikasyu_01-02.html


Q: 再生医療においてPM業務とは具体的にどのようなものでしょうか?研究者とPMは違うものなのか教えてください。

A: 一般に、プロジェクトマネージャーの業務は、研究管理や進捗管理が主になると思いますが、再生医療に関しては規制や法律などが十分に整備されていない中で進めていく感じだったため、プロジェクトマネージャーに求められるのは、内外部のステークホルダーとの折衝や調整、そしてそのデザインを提案するところなども含まれました。結果としては研究者目線での科学的・医学的な仕分け力と外部折衝能力及び未来デザインの頭出しや構想を考え提案する能力が要求されるものとなっていたかと思います。

Q:ノーベル賞受賞から 8年くらいたった今の再生医療の現状をお聞かせいただけますでしょうか。

8年というのは非常に興味深い数字でまずその背景についてご紹介します。
はじめに、再生医療をざっくりと以下のように分解するとします

①移植するものを作るところ
②細胞・組織を使うところ
③実際に効くのかどうか(使えるかを評価する)
④普及・一般化していくところ(当たり前化する)

200703_CI_参考資料


再生医療における、「①」について細胞を作るというところで、二つのブレイクスルーが起きました。その一つはiPS細胞技術で論文的には2006年に報告されたものになります。2006年の報告はマウスの細胞でしたが、2007年にヒトの細胞でも同様に再現されることが報告されました。したがって、iPS細胞技術が世に出てからはすでに13年、14年くらい経っているというのが現状です。ノーベル賞の受賞が2012年のことなので、一般の皆さんの目に頻度高く触れるようになったのは、ノーベル賞受賞の2012年からかと思います。


Q: iPS細胞や再生医療がこれほど脚光を浴び続けている要因は何でしょうか?他の研究などと比較して優位点などがあれば教えてください。
A: 再生医療をどのように定義にするかによりますが、Hさんは再生医療ってなんですか?と聞かれたらどう答えますか?

Q: 人為的に臓器等を生成してそれを用いた医療が行えること。ですかね...

A: ありがとうございます。それをイメージされる方もいらっしゃると思いますけど、実は再生医療って人によってイメージが曖昧かなと感じています。

例えば、「人為的に臓器等を生成する」と定義するなら、材料が細胞である必要はないんですよね。ではなぜ、一般にiPS細胞と再生医療が強く結びついているかというと、メディアなどの取り上げられ方が大きく影響していると感じています。
ここで、少し科学の歴史について触れますと、iPS細胞技術の以前は多能性幹細胞と言えばES細胞*でした。ES細胞は胎盤以外の体を構成する組織にはなんでも分化できるとされ、幹細胞研究では常にES細胞が最先端研究における研究対象でした。

*ES細胞:胚性幹細胞(embryonic stem cell)
参考リンク:
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%83%9A%E6%80%A7%E5%B9%B9%E7%B4%B0%E8%83%9E
https://www.lifescience.mext.go.jp/files/pdf/11_2.pdf#search='ES%E7%B4%B0%E8%83%9E'


そしてES細胞を使った最先端研究の第一人者の一人が理化学研究所の故・笹井芳樹先生でした。笹井先生はES細胞から中枢神経をはじめとする細胞や組織を作る(再構成)技術の基盤を開発されました。そのため、体内で再生が難しいとされた神経の再生などにスポットが当たり、再生医療という言葉と共に世間に認知されることとなりました。しかしながら、ES細胞を作るには受精した胚を壊す必要があるため、カトリック系の一部の宗教には、たとえ治療として使用するとしても文化的に受け入れられないという事情がありました。そのため、いかに良い技術があったとしても倫理的にES細胞を使うハードルが高かった背景がありました。

そんな中登場したのがiPS細胞技術です。ES細胞で大きな課題であった「胚を壊す」という工程が不要な細胞ができたのです。しかも自分の細胞に手を加えることでES細胞と同等の表現型を有する細胞が作れることで、他人の細胞を移植することで生ずる「免疫拒絶」の問題も回避できるかもしれないと。ES細胞で課題になった倫理の壁に加えて、免疫の壁もクリアできそうな夢の技術であると脚光を浴びたわけです。

Q: ES細胞もiPS細胞のどちらも研究として目指していたラインは医療領域だったのでしょうか?

A: それは少し違うと思ってます。細胞を使って何をするかというところ焦点を当てれば、最終的なゴールの一つにはなると思いますけど、サイエンスを深掘りするためのツールとしてES細胞やiPS細胞が作られ使われているというのが科学的側面から観察した事実ではないかと思います。他方、臨床で使用する場合には医療ツールとして考えられます。一般には、後者の方がイメージが湧きやすいため、予算申請などを含めて研究者もゴール設定を医療応用に焦点を当てているということかと感じています。

Q: ありがとうございます。ここの部分が一番一般との乖離がある部分かなと思いました。

Q: サイエンス分野での再生医療研究を目指している研究者はどのくらいいるんですか?

A: それは非常に難しい質問で、、そもそもiPS細胞技術が報告された2006年、2007年時点でiPS細胞を直接的に医療応用すると考えていたとは考えにくいです。iPS細胞を直接医療に使うわけではなく、iPS細胞は再生医療においては原料細胞であり1ピースでしかありませんから。2006年にリプログラムの報告をあげるまでには、科学の世界で世界的に熾烈な戦いが繰り広げられていました。

当時、細胞のキャラクターを変える(初期化する)には24個の道具が大事ではないかというところまでは分かっていたんです。あとはその道具をどう使うと効率的にリプログラムされるかを突き止めるだけでした。

Q: 基本的にiPS研究周りをやっている学会等での登壇者は学部で言うとどこが多いんですか?

A: 細胞の初期化については主に理学部や医学部の基礎研究部門が多い印象です。

Q: 再生医療の周辺産業はどういうものがあるんですか?また、どう予想していますか?

細胞を作るところにばかりが注目されますが、事業として再生医療を考える場合にはそれだけでは不十分と思います。

再生医療では、被験者に対外で作製した細胞や組織を移植します。これは一般的な医療でいうところの「お薬を処方する」が該当します。お薬を処方するには、「お薬を作る」と「お薬を使う」に分割できます。これを再生医療に当てはめたイメージがこの図です。


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移植用の細胞を作るためには、当然ながら細胞の原料が必要です。その原料の一つがiPS細胞です。しかしながら、iPS細胞があったらゴールというわけではなく、iPS細胞は一番最初のピースでしかありません。iPS細胞を準備するために、例えば、自家移植(自分の細胞を使う場合)では、自分の皮膚や血液がさらにその前の材料になります。

そして、iPS細胞から目の細胞を作りたいのか、心臓の細胞を作りたいのか、髪の毛の細胞を作りたいのかなどニーズに応じて、それぞれレシピが必要になります。これが分化誘導という技術です。多くの細胞の分化誘導に関する基盤技術を開発されたのが笹井先生です。まとめると、原料細胞に加えて適切な分化誘導方法があって初めてiPS細胞由来の移植用細胞を準備する第一歩となるということです。

科学的には、このやり方で細胞を分化誘導するとこういう形質をもった細胞ができるという報告が日々数多報告されています。しかしながら、論文レベルのPOC*を実際に臨床でヒトに使うことを考えるとここからが大変なのです。(*POC:proof of concept)

QCはクオリティコントロールと呼ばれ日本語では品質管理を指します。iPS細胞由来の移植用細胞をヒトに入れて効き目があるのか?、移植後に悪さをすることなどはないか?、移植用細胞に目的外の不要な細胞が混じっていないか?、など細胞の安全性や有効性に関する確認が必要になります。これらがQC(品質管理)と呼んでいます。

ここで細胞移植特有の問題として、移植する細胞そのものをQCすることは基本的にできないことが挙げられます。

なぜなら、QCは移植する細胞を破壊して、細胞内の遺伝子やタンパク質を調べるため、移植する細胞そのものすることはできないのです。そのためロット内/ロット間での同一性や再現性をもって推定することになるわけです。また、移植に使用する細胞は1個や2個ではなく100万個、場合によっては1億個なんてこともあります。それらの集団を全て均一あるいは同等性を担保することはとても難しいことは想像にやすいかと思います。

Q:QCにおけるクオリティの定義は決まっていますか?またクオリティの確認方法は確立されていますか?

A: 細胞によって定義が異なって固まっているものもあれば、ないものもあります。基本的には固まっていないことが多いです。なぜならヒトに移植したことがないから品質を決めきることは困難です。そのため事前にある程度はっきりさせるべきこととして「安全性」が挙げられます。移植後に腫瘍にならないことや期待しない変化をすることで生体に悪影響を及ぼさないかなどを徹底的に検討します。有効性に関する部分は推定しきれない点も含めてヒトに移植してみないとわからない、あるいは移植してみて初めてわかることも少なくないというのが現実かと思います。そのため、治療として完成させるためにも安全性を慎重に確認した上でヒトに移植する挑戦を多並列に循環させることが重要になります。

移植して危ないかもしれない細胞/組織を安易にヒトへ移植することはできないため、原則一番初めにやることは安全性の確認になります。これはお薬の治験でも同様で、お薬の治験ではまずは健康な人にお薬を服用してもらい、人体に悪影響がないかを確認します。再生医療では健康な方に細胞移植するのは難しく、安全性の確認の方法そのものにもコンセンサスがありませんでした。何をしたら安全が確認できたといえるのか、が誰も答えをもっていませんでした。近年ようやくそれらの指標や考え方ができつつあるのが現状です。

Q: コストについて、細胞を作る方とQCを回す方とでどちらがかかりますか?

A: とても重要な質問で、QCをどこまでやるかによって変わります。

例えば、100人分の細胞を作るとして、作った100人分をそのまま全て使えればかかったコストは100人分で割れるます。しかしながら、種類にもよりますが100人分作った場合30~50人分くらいがQCに必要になります。そのため、たくさん作りたいとなると、単純にバッチをふやせばいいのか、保存はできるのかなどコストとの戦いになります。場合によってはやればやるほど首をしめかねない構造になります。これを解決するためにはQC技術のブレイクスルーを起こすのが一つ、二つ目は移植に使う細胞を効率化すること(少ない細胞数でしっかり有効性が得られる工夫)、三つ目に細胞を中長期に保存する技術やインフラを整えるなどのアプローチを考える必要があります。

Q: QCの部分でまず人間で試していくには安全性が担保されやすい部位から試していくのかなと思うんですが、その部分はどこになるのでしょうか。

A: それは再生医療開発において最重要なことの一つです。私が在籍しているラボでiPS細胞由来のの再生医療研究開発が進んでいる背景の要素ともいえ、それは大きく2つあります。

1つは、リスクが少ないところから試すこと。
もう一つは、移植用細胞を作る技術やQCがロバストであること。要は研究及び医学的に一定のコンセンサスが得られていることが条件として非常に重要でした。

当時、それら全ての条件をたまたま備えていたのが、網膜色素上皮という細胞でした。そのため、眼(眼科)から移植が実施されたことは決して偶然ではなくて、様々な角度から検討しても必然であったといえます。
眼というのは特殊な組織・器官の一つで、体を傷つけなくても外から中の様子が観察できます。例えば、心臓に何かを入れたとします。中で何が起きているかを細かく確認する場合には再度お腹を開かないと確認できません。そのため、眼の場合は仮に何かが起きたとしても早期に気づくことができて外科的なアプローチ(レーザーなどで組織を焼くなど)をとりやすいという利点がありました。

そしてもう一つ重要なことがあります。それは移植に必要となる細胞数が他の臓器などと比較して圧倒的に少ないことです。眼は他の臓器と比較して移植する空間など含め非常に小さいことから、移植に必要とされる細胞が少なくて済みます。例えば心臓や肝臓と比べると1000分の1や、1万分の1程度の細胞しか移植しません。移植する細胞が少なければその分リスクも小さくなり、移植後の様子も外から容易に観察できるという圧倒的な利点がありました。そのため、眼はiPS細胞由来の細胞を世界で初めて移植された部位になりました。

以下非公開...

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以上で、Collective Intelligence Special Session ~"専門家に聞く再生医療の今とこれから"~ を終わります。

引き続き、開催して参りますので、ぜひフォローのほどよろしくお願いいたします。


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