
エールは、雪平鍋
「金物屋さんってなに?」
7歳の娘たちに聞かれた。彼女たちは児童書『ルドルフとイッパイアッテナ』シリーズが大好きで、一作目からずっと読み続けている。
お話のなかに、商店街の金物屋で飼われているブッチーという名のぶち猫が登場する。
けれど、わたしたちが住むこの町には金物屋がない。郊外の住宅地は妙に整然としていて、商店街もない。お鍋をはじめとした金属製のキッチングッズを求めるとき、わたしは近所にある大型スーパーマーケットの2階売り場に行く。そこにはさまざまな商品が美しく整えられて並ぶ。
だから、娘たちはブッチーがどのような家で飼われているのか、いまいち理解していない。
わたしにとって金物屋といえば、亡くなった祖母がいた田舎の町だ。小京都とも呼ばれた城下町にはこぢんまりした商店街があり、金物屋もあった。
「あんた、一人暮らしするんやて? お鍋いるんちゃうの」
わたしが20代の頃、祖母はそう言って、商店街の金物屋に連れて行ってくれた。お店のご主人は祖母ほどの年齢の男性で、わたしたちのお鍋選びを手伝ってくれた。
引越し祝いとして祖母が買ってくれたのは、銀色の雪平鍋。艶消しの質感に木製の持ち手が軽やかだった。
しかし、お料理の苦手なわたしは一人暮らしの期間中、雪平鍋を使いこなせなかった。自炊をすることがほとんどなかったからだ。
一年後、ぴかぴかの雪平鍋とともにわたしの一人暮らしは終わった。
今、夫と娘たちと暮らす我が家には、あの雪平鍋がある。出産を経てお料理をするようになったわたしは、ときどきそれで親子丼や煮物をつくる。
あのとき、祖母とご主人がくれたのは、頼りないわたしがスタートさせる一人暮らしへのあたたかなエールだった。
今度、娘たちを連れて、昔ながらの金物屋さんを探しに行ってみようか。スーパーマーケットのキッチン用品売り場に不満があるわけではない。それだって我が町の「味」だ。
ただ、大昔にもらった、胸にしみるエールの残り香を追いかけてみたいだけなのだ。