[組織のプロに聞く] 第3回 エンゲージメントってなんですか?
HRの領域で、最近は当たり前に使われるようになった「エンゲージメント」という言葉。でも意外と正しく理解して使えていないかも・・・?今回もHRズブの素人である私が、組織のプロにエンゲージメントについて詳しく聞いていきます。
話を聞いた組織のプロ
中村 駿介
株式会社Colere 共同創業者
株式会社リクルート人事部配属、一貫して人事領域の仕事に従事。2015年、株式会社リクルートホールディングス 人事戦略部 部長としてITとデータを活用したHRテックメソッドの開発とそれらを活用したリクルート全体の組織変革を推進。2019年に社会変革を実践する実験組織「ヒトラボ」を立ち上げ。2020年10月、株式会社Colereを共同創業。
エンゲージメントって?
—恥ずかしながら、これまではなんとなく「エンゲージメント」という言葉を使っていました。どういった定義が正しいのでしょうか?
中村 私が人に簡潔に伝えるときは「主体的な貢献意欲の高さ」と言っていますが、もう少し詳しく説明していきますね。まず、アカデミックな領域では「ワーク・エンゲージメント」という用語で研究がなされてきました。オランダ・ユトレヒト大学のSchaufeli教授らが提唱したもので、その定義は以下のようになります。
中村 図の通り、「仕事から活力を得ていきいきとしている」(活力)、「仕事に誇りとやりがいを感じている」(熱意)、「仕事に熱心に取り組んでいる」(没頭)、の3つの要素で特徴付けられる心理状態を「ワーク・エンゲージメント」と呼んでいます。アカデミックな領域ではもともと「バーンアウト」、つまり燃え尽き症候群と対になる概念として「ワーク・エンゲージメント」が生まれてきた、という背景があります。
—なるほど、燃え尽き症候群についての研究から生まれてきたんですね。
中村 その後、いくつかの研究でエンゲージメントと会社のパフォーマンスに相関があることが明らかになり、産学両方から注目されるようになりました。例えば、2018年に株式会社リンクアンドモチベーションと慶應義塾大学が共同で行った調査では、エンゲージメントの向上が会社の「営業利益率」「労働生産性」をアップさせるという結果が出ています(出典1)。米国ギャラップ社のエンゲージメントに関する調査によると、日本の「熱意あふれる社員」の割合は6%で、139カ国中132位となっている(出典2)、というニュースも大きく取り上げられていましたね。
—ビジネスの世界ではいつ頃からエンゲージメントに注目が集まっていたんでしょうか。
中村 ビジネスの世界では、1990年代のどこかで前述のギャラップ社が「従業員エンゲージメント」という言葉を使い出したのが始まりと言われています。前述のアカデミックな領域におけるワーク・エンゲージメントは仕事に対するエンゲージメントを意味していましたが、この従業員エンゲージメントとは、組織(会社)に対するエンゲージメントを指します。「Q12(キュー・トゥエルブ)」という12個の設問に答えることでこれを測ることができるサーベイが開発されました。
—わかりやすいですね。この12問に対してYESと答える割合が高いほど会社へのエンゲージメントが高く、ひいてはそれが会社のパフォーマンスを左右するということですね。
中村 もともとアカデミックな領域で使われていたワーク・エンゲージメントとは異なる概念になっていることや、このサーベイ内容には単なる満足度に近い部分もあることで批判もありましたが、会社の従業員の状況を定量的に把握できる調査として広がっていきました。そこから派生してよりシンプルな測定方法として、eNPS(Employee Net Promoter Score)なども誕生しました。マーケティングの世界で使われていた顧客の満足度を測定するNPSという手法を応用したもので、「従業員が自社を知り合いに推奨したいか?」という1問で測ることができます。
—より現場で使いやすい形に変化してきているのですね。ところで今、満足度という言葉がありましたが、「従業員エンゲージメント」と「従業員満足度」は別のものですか?
中村 そうですね。エンゲージメントと、満足度やロイヤリティは別の概念と言っていいと思います。満足度やロイヤリティは、「会社に対して満足しているか?」「会社に対してロイヤリティがあるか?」という、従業員と会社の関係を完全に一方通行として捉えたものです。一方、エンゲージメントは「自発的な貢献意欲」に焦点が置かれており、そもそも会社と従業員は対等な関係で、互いに貢献し合うという前提に立った概念である点が大きく異なります。
エンゲージメントが注目されるようになった理由
— 会社と従業員が対等な関係である、というのは?
中村 背景を少し説明しますね。ひと昔前と比べて、企業と個人の関係は大きく変化しています。昔は会社側にすでに確立された一定の事業活動があって、事業を拡大するには、より多くの従業員をそこに投入すればよかったわけです。そうすると重要なのは、会社の言うことを素直に聞いてくれる従業員で、会社に対する「ロイヤリティ(忠誠心)」や「満足度」が重要な指標でした。ところが今は、こうすれば事業を拡大できるという正解が見えなくなっている時代で、環境変化に柔軟に対応できる人、イノベーションを起こせる人が求められています。言い換えると、昔は事業活動があってそこに人をはめこんでいたのですが、今は人がまず先で事業活動がそこから創造されていく必要があるということです。すると指標も会社に対する「ロイヤリティ(忠誠心)」や「満足度」は意味をなさなくなり、いかに自発性に貢献する意欲を持ってもらうか、つまり「エンゲージメント」が大切になった、というわけです。
— 違いが明確になりました。
中村 対等な関係であるという意味は、昔は会社から従業員に対して組織・仕事・職場環境は「与えられたもの」でしたが、今は「一緒につくる」ものになっているということです。もちろん、エンゲージメントが注目されるようになった理由は他にも色々あると思います。労働人口の減少で人材採用難が加速しており魅力ある職場づくりや離職防止が重要になったこと、ミレニアル世代やZ世代と呼ばれる世代が労働力の中心になり、個人の成長実感や仕事を通した自己実現の重視といった価値観の変化があること、ジョブ型への移行による会社への帰属意識の薄れなどもあるでしょう。
従業員のエンゲージメントを高めるには
— 具体的にエンゲージメントを測定して、経営に活かしていくにはどうすればいいのでしょうか?
中村 先ほどのギャラップ社のQ12もそうですが、まずはああいった調査で測っていくことになります。ひとつ、JD-Rモデルというものを紹介しますね。
中村 エンゲージメントは「仕事の資源」「個人の資源」そして「仕事の要求度」という要素で構成されており、さらにそこから生み出された結果である「ポジティブなアウトカム」がエンゲージメントをより高めるというサイクルがあることが明らかになってきています。それを表現したのがJD-Rモデルです。こうしたエンゲージメントを高める好循環のサイクルを生むために、各要素の現状を調査を通して見ていきます。
—調査をしてどこに課題や伸びしろがあるかを見ていく、というイメージでしょうか?
中村 そうですね。基本的には「仕事の資源」にある要素をいかに高めていくか、という視点で見ることが大切です。ただ、JD-Rモデルを見てもわかるように、エンゲージメントを構成する各要素間には相互作用があるので、まずは統計的に正しく処理をして真の因果関係を把握することが重要ですね。単純集計した結果を眺めてこのスコアが高かった、低かった、という議論になってしまうと、エンゲージメントに影響を与えている真の要因を見失ってしまう可能性があります。もちろんそれでも意味はあると思いますが。
—調査結果を分析した後にとるべきアクションは結果によってさまざまだとは思いますが、一般的に言えるアドバイスは何かあるでしょうか?
中村 結果を必ず経営や従業員に対して共有することが大事です。先ほども少し言いましたが、エンゲージメントに基づいた経営は、会社と従業員が対等な関係であることが大前提です。つまりここから導かれるのは、経営も従業員も一緒になって理想の組織を創ること。 そのためには調査結果とそこから見えたことを経営と従業員に共有し、認識を一致させることがスタート地点になります。もちろん調査結果からは色々なことが見えると思いますので、経営と従業員それぞれに対して結果のどこに注目してほしいかは違うと思います。ですから、テクニカルな話になりますが共有の仕方は相手によって工夫する必要があると思います。ちなみに、エンゲージメント経営は小さなチーム単位でないと実現が難しいです。それは全員が当事者になって考えていく必要があるからです。会社全体のような大きな単位をいきなり変えるというのは難しい。なので、エンゲージメント調査の結果もチーム単位で活用できるようにしていくことも大切です。
—エンゲージメント経営は組織の構成員全員が対等な立場であることが前提であり、だからこそ調査結果の共有もそれについての議論も全員を巻き込んでいくことが絶対条件ということですね。教えていただきありがとうございました!
出典1 https://www.lmi.ne.jp/about/me/finding/detail.php?id=14
出典2 https://www.nikkei.com/article/DGXLZO16873820W7A520C1TJ1000/
文責:株式会社Colere 古部