小説における固有名詞
すばる文学賞まであと1ヵ月、最高にヤバい!僕はこういうとき、「BLACK SABBATHの『PARANOID』もDEEP PURPLEの『SMOKE ON THE WATER』も大急ぎで作られたものだし、頑張るしかない」と思うことにしている。とにかく自分よ、頑張ってくれ。
今回は、小説の演出についてのお話。
僕が書く小説では、基本的に登場する作家、ミュージシャン、映画などは固有名詞を出すことにしている。なんでと言われても困るけれど、ひとつは遊び心、そしてもうひとつは「わからない人にはわからないが、もし固有名詞が伝わればそれ以上の演出効果はない」と思うからだ。あ、最後にもうひとつ、自分の好きな作品を推したい気持ちもある。一応、固有名詞をわかっていてもわかっていなくても、文脈上で「多分、こんな位置づけなんだろうな」とわかる程度に留めている。それか、小説内である程度は出てくる固有名詞について言及がなされる場面を作る。
しかしそれでもやはり固有名詞を書くというのはリスキーだなあと思っている。世の中には、自分が知らないことを書かれるだけで読む気をなくす人も意外に多いからだ。そういった面を考慮して、固有名詞の列挙はさすがにやめておこうかなという気持ちはある。固有名詞は、作品と読者を強く結びつけることにもなるが、決定的に心が離れることもあるのだ。
そこで今までは固有名詞には物語内で強い意味を持たせすぎないようにしていたのだが、今回、着手している小説は違う。はっきり言って、METALLICAというバンドの存在感にかなり依存してしまっているのだ。
とにかく僕は15歳の頃からのMETALLICAファンなので、彼らが「全員殺せ!」なんて歌詞は書いていないということをよく知っているのだが、こうもどっぷり浸かっているとMETALLICAのパブリックイメージがどんなものなのかがイマイチわからない。
もちろん、小説というのは詩と違うので、固有名詞が出てきてもそれを前後の情報で補完することができる。しかし、それでも固有名詞を使うことにはまだまだ抵抗があって、悩んでしまうんだよなあ。
もし、この記事を読んでくれた方の中で「自分は固有名詞とはこういう距離感を保っています」と言える人がいたら、意見を伺ってみたい。