「楽しい授業」とルール作りの必要性
ちょっと間隔が空いてしまいました。
続いていた日本語の先生や、日本語学校さんから依頼された教師研修が一段落しました。今日は、そこで感じたことを1つ。
日本語の先生たちが個人のニーズで参加してくださる研修ではなく、組織単位での研修を何回か頼まれました。そこでは、できるだけ、「組織の責任」についても話したいと思っています。今日は、そんな時に質疑応答で出た話からちょっと考えたこと。
いきなりオンライン授業になってしまい、先生方の試行錯誤というのには、頭が下がる思いなのです。そして、その中でどうしても授業に行き詰まって学校運営側側の方にそれを相談した時、こう言われた経験がある先生は少なくなさそうです。
「それは、先生が楽しい授業をすれば、学生だってやる気が出るんじゃないんですか。」
これを聞いて、私は、「うーーーーーーーーーーん」となってしまいました。
それまでとても真面目でモチベーションの高い学生だったのに、オンラインになった途端に出席も悪くなり、やる気も下がってしまった…。
もともとあんまり能力もやる気も高くなかった学習者は、オンラインになったらますますやる気がなくなり、ほぼ常にマイクもカメラもオフ…。
これ、実際に先生方から聞いた話です。
で、こういう学習者に対して、「楽しい授業」をすれば、問題解決するんですかね?っていうか、「楽しい授業」ってあまりに主観的すぎませんか?
まず1つに、どんな授業を楽しいと感じるか。これは、同じレベルの学習者でもあっても、千差万別でしょう。ちょっと厳しい先生、ハードな内容の方が楽しい!と思う人もいますし、その逆に、いつもゲームをするような授業が楽しい!と思う学習者もいます。後者にとっては前者のような授業は真面目すぎてついていけないかもしれないですし、前者にとっては後者のような授業は子供っぽくて嫌だと思うかもしれない。
「楽しい」を「学習者にとって学びがいのある」とか、「学習者にとって有益な」と言い換えることもできると思いますが、それもたった一つの究極のメソッドなんてありません。
今回の授業のオンライン化は、これまで顕在化していなかった様々な問題を炙り出しているというのが、最近の教育工学分野の先生がよくされる話です。この「楽しい授業」問題も、私はその一端だと思っています。
1つには、非常勤の先生に丸投げ部分の多さ。そして、1つには、ビザの問題があるから学習者を管理しているようで、実際は不測の事態に対処できない学校運営という問題です。
これまでの授業では、学習者はビザの問題があるので、いやいやながらも教室に顔を出していました。そこでは、多くの非常勤をはじめとする現場の先生が、自分の時間を削って学習者の面倒を細かく見ていることで、授業、そして学習者の管理ができていたのではないでしょうか。
でも、オンライン化になった。
学校は、オンライン化にすることは決めたけれど、オンライン授業での出席のルールを決めることなく、これまで通りほとんどのことを担当の先生におっかぶせていることも多い。
ある意味鋭い学習者はそこに目をつけて、「通信環境がよくない」という伝家の宝刀でカメラだけでなくマイクもオフにしてしまう。もちろん、本当に通信状況が悪いこともあるでしょう。でも、そこはやはり、やる気の高い学習者は、なんとかしようと努力したのではないでしょうか。
ムーアの交流距離理論を最近紹介することが多いですが、2020年秋の日本語教育工学会の発表で、熊本大学の鈴木克明先生は新しい解釈として、「足場かけの総量」ということをおっしゃっていました。交流距離理論では、教師と学習者の距離は物理的な距離ではなく心理的な距離で、その心理的な距離は、「心理的な距離=対話と構造の二次元×学習者の自律性の高低」と言われています。そこに新しい解釈として鈴木先生がおっしゃったのは、「心理的な距離は、足場かけの総量である!」
オンラインになったことで、学習者にも戸惑いがあります。また、学習者がデジタルネイティブ世代だと言っても、オンラインの学びの経験がない人が多い。そのため、どのように学んだらいいかわからない学習者がとても多いのだと思います。
そのためには、やはり組織としてのルール作りが絶対に必要です。例えば、単にzoomにアクセスしていても、質問に答えない、声も出さない、チャットに入力もしないようでは出席になりませんとか、本当に接続が悪くてzoomに乗れないなら、学校に電話してその旨連絡しないとならないとか。
カメラもマイクもオフにしてそれで出席扱いになるなら、そりゃオフにしますよ。
最初は堅苦しいと思うかもしれませんが、ルールは自律性を作っていくためにも最初は必要なのではないでしょうか。慣れてきたら、徐々に足場を外していく。
そういう組織的なルール作りもしないで、全て「楽しい授業をできていないから(学習者が積極的じゃない)」というような責任の押し付けは、先生方を追い込むだけです。
これまで経験したことのない授業をより良い授業にしようと努力している先生の方が多いと思います。だからこそ、これまでの経験が生かせない、状況も全く違うなかで、手に負えなくなってしまうこともある。
むしろ、私に声をかけてくださる学校さんは、上記のようなことを考えて学校全体としてよりよい授業を目指したいと思っていると思います。ですから、ちょっと運営側の先生方には耳の痛い話もさせてもらっています。
もし、所属している学校で安易に、「先生が楽しい授業をすれば解決する」みたいに言われたら、私の力不足だから…と黙らないでください。
力不足は、先生たちだけの問題じゃない!組織も力不足なんですよ!!
いやいや、組織どころか、世界的にみんな経験不足だから!
組織としてきちんとしたルールを作る必要であることも、主張して欲しいと思います。
今私たちは、「これからの新しい学びの形」を、壁にドカドカぶつかりながら、みんなで作っている状態なのです。「今までのやり方でいい」というのは、現状維持ではなく後退を意味するようになるんじゃないかな。