バンコクの不死鳥

バンコクで生活している人。 日本語がどんどん下手くそになっていっている気がします。リハビリを兼ねて、読書メモ、日々の雑感、バンコク生活など、不定期に節操なく書き留めていきたいです。

バンコクの不死鳥

バンコクで生活している人。 日本語がどんどん下手くそになっていっている気がします。リハビリを兼ねて、読書メモ、日々の雑感、バンコク生活など、不定期に節操なく書き留めていきたいです。

最近の記事

正欲

朝井リョウさんの【正欲】を読んだ。 多様性などここ最近頻繁に耳にする言葉について、普段から抱いていた違和感を言葉にしてくれた本だと感じた。 今の多様性は、多数派にとって許容できる範囲での多様性でしかない。 多様性とは、自分の想像の外にいる人、あるいは、生理的嫌悪の対象である人をも受け入れることなのだと思う。 嫌悪の感情を抱くなというわけにはいかないけれども、少なくともあるがままに認めることなのだと思う。 とはいえ、結局、嫌悪の感情を抱かれる側からすれば、たとえ認められた

    • 差別

      見た目で差別してはいけないというのは至極その通りだと思っていて、反論するつもりも全くないのですが、どこか腹にすとんと落ちない部分があります。 その理由の一つ目は、見た目による区別はダメだとして、性格や能力による区別はしてもいいのだろうかという疑問です。 見た目で区別してはいけない理由として、本人ではどうにもできないから、ということがあると理解しています。 そうすると、仮に性格や能力も本人ではどうにもできないのであれば、性格や能力によって区別するのもダメなこととなりそうで

      • 正義のヒーロー

        通りを歩いているとき、目の前で白杖を持った人が転んだ。 彼は手にパスタを持っていたので、派手にパスタをぶちまけた。 僕は、一瞬「助けなきゃ」と思ったものの、何もせずに彼の横を通り過ぎた。 物凄く後味が悪い。 僕は、何かをおそれて助けなかった。 その何かとは、要らぬお節介となってしまうことや言語の壁を中心とした漠たるものだ(ちなみに、僕はバンコクに住んでいるが、タイ語は殆ど喋れず、英語で何とか生活している)。 何ら具体的可能性を伴わない漠たる不安だ。 実際、僕に手助けでき

        • 禁煙

          僕は喫煙者ですが、ここ15年くらいですか、禁煙に向けた社会の変化が凄いなと思います。 そして、煙を吸いたくない人や臭いを気にする人もいるでしょうから、これは当たり前の方向性だろうとも思います。 他方で、煙草の害について熱く語り、喫煙者を酷く毛嫌いするのに、例えばお酒については一切文句も言わず嬉々として飲んでいる人を見ると、違和感を覚えます。 お酒も体に悪いと言われていますし、周囲に迷惑をかけかねませんから。 僕はお酒を飲まないので、特に強く違和感を覚えるのかも知れません。

          【読書】 生き物の死にざま(稲垣栄洋)

          https://www.amazon.co.jp/gp/product/B07XLBB7VF/ref=dbs_a_def_rwt_bibl_vppi_i3 色々な生き物が一体どのようにして死を迎えるのかということについて、物語形式でまとめられています。 例えば、セミ、ハサミムシ、サケ、アカイエカ、カゲロウ、カマキリ、アンテキヌス、チョウチンアンコウ、タコ、などなど。 一つ一つの物語は短く、読みやすいです。 そして、なるほどそうだったのか、の連続。 生き物の死にざまって存外

          【読書】 生き物の死にざま(稲垣栄洋)

          声色

          割と人と話さなければならない仕事をしておりますところ、今さらながら、声色って大事だなと思いました。 それはトーンだったり速度だったり大きさだったりするわけですが、言わずもがな、聞き手からすると印象がかなり変わります。 同じことを言っていても、受け取られ方が違うので、これを意識しない手はありません。 また、声色をコントロールすることは、自分の心理状態をコントロールする一助ともなりそうです。 焦っているときや自信がないときは、上擦ったり早口だったり小声だったりしがちですが

          謝罪

          僕は、喧嘩などになったら、できる限り謝るように心がけています。 例えば、喧嘩になるということは、よっぽどの場合でもない限り、何かしら双方に悪い点があるんだと思うんですよね。 客観的には99%相手が悪くても、1%でもこちらが悪ければ、その1%については謝るべきではないでしょうか。 それは、内容ではなく、言い方だったり態度だったりすることもありますが。 「こっちが悪いのは分かるけど、そんな言い方ないんじゃない!?」って、結構その通りだと思うのですよ。 どっちが悪い、はあっても

          話し合い

          昔から、話し合いこそが大切だと思っていました。 たとえ何かしらのゴールにまで至らなくても、話し合う過程で相手の考え方や気持ちを理解することができるし、こちらの考え方や気持ちを伝えることもできる。 だから、話し合いは大切だし、できる限り行うべきことだ。 そう思っていました。 そして、その考えは、基本的には間違っていないのではないかと思っています。 他方で、これも万能ではない一つの考え方でしかなく、相手に強く求めることは、価値観の押し付けだとも思います。 相手には、言いた

          論破

          ネットで、「君は議論に強い訳ではなく、相手にすると疲れるから周りが引いてるだけ。と言われた」という投稿を見ました。 これ、マジであります。 論破しようとする人がいますが、あれはあまり良くないですね。 何か建設的なゴールを目指しているのではなくて論破すること自体が目的になっている気がして、話していて心が折れます。 もちろん、論破できるくらいですから、理屈が通っていることも多いのだろうと思います。 しかしながら、理屈がその一つだけだとは限らないし、ベストな理屈だとも限らな

          ゴリラと私

          動物園が好きです。 たとえ一人でも行きます。 カップルや家族連ればかりですが、気後れはありません。 一騎駆けこそ武士の誉れなので。 そもそも動物園は動物を見るところであり、恋人と睦言を交わす場所ではないのですよ。 動物園に来た以上、恋人の顔を眺めるヒマがあったらマレーグマの顔でも眺めとかんかいといったところです。 動物は素晴らしいです。 その中でも、ゴリラは至高の存在と言ってもいいです。 ボディビルダーも真っ青の極太極厚の四肢、深遠な思索に耽っているかのような険しい顔立ち

          過信

          差別はやめましょう。 他人の気持ちに配慮しましょう。 いじめはやめましょう。 LOVE&PEACE。 みたいなことは、たしかにそうだとみんな納得する話だろうと思いますし、みんな、自分は結構できてる!と思ってるんじゃないかという気がします。 僕もそう思ってる節があります。 でも、結構できてる!というときに想定している他者や世界は、案外、狭かったりします。 人は、基本的に、仲間に対しては、差別せず、配慮し、いじめのような真似もせず、LOVE&PEACEの精神で接するように心が

          ダイエット(その3)

          元スーパーデブから言わせてもらうと、「痩せたほうがいいよ」という助言は、「歯磨きすれば虫歯になりにくいよ」というのと同じくらい当然のことを言われているだけで、全く響かないです。 というか、うざったいだけです。 太っている人の中には、自ら太ることを選んでいる人が多く存在すると思います。 痩せたほうがいいんだろうけど、ご飯って美味しいからなー、美味しいものを食べる幸せを失うくらいなら太ってる方がいいやー、などなど。 僕は完全にそのタイプでした。 そういうタイプは、「痩せたらモ

          ダイエット(その3)

          ダイエット(その2)

          9ヶ月で105kgから58kgまで約45kgのダイエットをしたわけですが、結局、最も大事なのは食事をコントロールすることなんだろうと思います。 例えば、僕が1kmあたり7分〜7分30秒くらいで45分間走ったとして、これで消費されるカロリーは300kcalにも届かないんですよ。 これってコンビニおにぎりの1.5個分くらいのカロリーでしかないです。 1kg体重を落とすためには、7200kcal消費しなければならないので、仮に1回走って300kcal消費するとしても、24日も走

          ダイエット(その2)

          吉良吉影というボスキャラ

          この世には、数多くの魅力的なボスキャラがいます。 フリーザ、戸愚呂、ラオウ、範馬勇次郎、セフィロス、ジョーカー、ダースベイダーなどなど。 その中でも、僕が大好きなのが、「ジョジョの奇妙な冒険 第4部 ダイヤモンドは砕けない」のラスボス、吉良吉影です。 吉良吉影は女性の手に興奮する連続殺人犯のクソ野郎ですが、基本的には、目立たないサラリーマンとして、普通に生活しています。 彼は、別に世界征服や人類滅亡など大きなことを狙っておらず、ただ静かに暮らしたい人です。 喜びや楽し

          吉良吉影というボスキャラ

          ダイエット

          約2年前、9ヶ月かけて45kgほどダイエットしました。 ダイエット開始前の体重は105kg、ダイエット終了時は58kg。 1ヶ月あたり平均5kg落としていった計算になります。 大学生の頃は55kg程度の体重でしたが、社会に出てから、ストレス解消手段が「食」になりました。 美味しいものや高いものを食べるのではなく、とにかく量を食べるのです。 一食で弁当2〜3個食べるのがざらだったうえ、運動もしていなかったので、着実に体重が増加していき、気づいたら105kgになっていました。

          年相応ということ

          アラフォーなわけですが、最も年齢を感じる瞬間というのは、新しい知識や技術を得ようとするときです。 特に、仕事に直接的に必要な知識や技術ではなく、仕事や日常を少し便利にする系のやつ。 物凄くエナジーを消費するというか、第一歩がとても重い。 このnoteの使い方みたいなページも見るだけでげんなり、読んでもただ目で字を追っているだけで微塵も頭に残らない、もうヴォイニッチ手稿読んでるのと同じ。 せっかく動画でわかりやすくまとめてくれているっぽいのに動画を見る気も起きません。そのうち興

          年相応ということ