【朗読】『令和の妖怪事情』第1話【動画】
物語だけの記事はnoteに公開済みです。
朗読動画をつくったので新たにまとめました。
『令和の妖怪事情』
あらすじ
電気が普及するまで明かりは火を使っていた。
夜はとても暗く、闇に存在する怪異を人間は恐れていた。
闇には、道の怪・山の怪・海の怪・家の怪と、さまざまな妖が潜んでいると信じており、日本にはむかしから数々の奇妙な体験談があった。
※小説はフィクションです
※カクヨムに投稿していた物語を推敲し掲載しています
第1話 道の怪
Web小説『令和の妖怪事情』
【動画の内容】※音あり(音声「VOICEVOX:小夜/SAYO」)
大禍時を越えてすでに辺りは暗くなっている。
近くに人家があればまだ安心できるが、あいにく境目となっているこの道に家はない。
集落の外れの道に在るのは雑木林でうっそうと茂る雑草が左右から迫っており、奥は手入れされていない木が伸び放題となっている。
小さな音がした。
かすかな音は一か所からではない。あちこちから聞こえていて、音がするたびに地面に丸い染みができる。音と染みは次第に増えていき、夜雨が降り出した。
真っ暗な空から落ちる雨を木の葉が受ける。葉の上で雨水が集まり、重さに耐えられなくなると雫となって落ちていく。雫は茂った草に当たって音を生み、道はあっという間に雨音に囲まれた。
葉や草に雨粒が飛び跳ねる音が重なって自然の音楽が流れる。道は無音から解放される代わりに、空を覆う雨雲で闇がさらに濃くなっていく。誰の立ち入りも拒絶するように広がる闇――。
闇に光が現れた。
光は左右に揺れている。光のすぐ後ろに影があり、真っ暗な道を光とともに移動している。近づくにつれて光の正体がわかった。
光は提灯で、灯されているロウソクが闇を裂いて道を照らしてくれている。提灯の後ろについていた影は人間だ。
雨が降っているのに男は傘をさしていない。片手を額近くに上げ、もう片方で提灯を持って夜道を急いでいる。土を踏む音には水の音が混じっており、短く吐く呼吸音が連続して聞こえている。
「うわっ!!」
男の声と同時に明かりが大きく揺れ、木々に映し出されていた影が激しく乱れた。
「ひいえぇぇあひゃああぁぁ―――!!」
叫び声のあと、ばちゃばちゃと水が跳ねる音で騒がしくなった。
闇の中、提灯がものすごい速さで動くから明かりが不安定で消えそうだ。
男は明かりを頼りに暗い雑木林を駆けていたが、出口が見えると提灯を投げ捨てた。悲鳴をあげながら両手を懸命に振り、可能な限り高速で足を動かして林の外を目指す。
男が雑木林を抜けると、夜道に響いていた足音は小さくなっていった。
しばらくして道に雨音が戻った。
木の葉に雨が当たる音、草に雫が当たる音、水たまりに雨粒が落ちる音。何事もなかったかのように道に雨が降り続ける。
Web小説『令和の妖怪事情』
【動画の内容】※音あり(音声「VOICEVOX:白上虎太郎」)
小さな集落はどしゃ降りに見舞われている。
ぬれるのを避けて家に閉じこもっている住人は、途切れることのない雨音を心配げに聞いている。
雨漏りを気にして聞き耳を立てていると奇妙な音が聞こえた。雨音に混ざって、「オゥオゥ」と獣の唸り声がしている気がする。意識を集中させると、奇妙な音は遠くから近づいてきてるとわかった。
隙間から外をのぞいたが、すでに根源は過ぎ去っており、音もあっという間に遠ざかっていく。
近くで聞いて気づいたが、奇妙な音は集落に住む男の声だった。しかし意味不明なことを叫んでて内容はわからない。何事だろうと関心はあったけど、わざわざ雨の中を確認するのは馬鹿らしいので確かめはしなかった。
誰も止めない男の奇声が雨の集落を駆け抜けていく。
小さな平屋では家人が火の前で帰りを待っている。
うとうとしていたら扉を乱暴に開けられた音で飛び起きた。主人が帰ってきたのを出迎えようと立ち上がったところ、わめき声と足音が入ってきて男が姿を現した。
「ででで、出たっ! す、すす、スネコスリが出た―――!!」
部屋に飛びこむと隅のほうへ行き、膝を抱えて身体を縮めた。男は震えており、蒼白な顔で落ち着きなく辺りを見回してそこから動かなくなった。
数日後。集落には重苦しい空気がただよっていた。
葬式が行われており、故人宅からひっきりなしに人が出入りしている。家から出てきた者はすぐに立ち去らず、少し離れたところで集まり、ひそひそと話をしている。
「どうやらムラの端にある妖の道でスネコスリに遭ったらしい」
「月次の集まりの帰り道だったそうだなあ。日暮れ前には帰ると言っていたのに、引きとめられていたよ。そのせいで夜になってしまった」
「提灯を借りてあわてて帰っていきよったけど、間に合わず雨に降られたんだねえ」
「雨が降る夜はスネコスリが出やすい。あの妖怪は道行く人の足に体をこすりつけながら、すり抜けていくと、うちのじいさんが言っていた」
「寒い寒いと言いながら『スネコスリが足を!』と怯えた顔で何度も言っていたそうよ」
「家に帰ると一晩中震えていて、翌日には咳が出始め、それからすぐに高熱がでたと聞いている。何日も高熱が続いて死ぬなんて……。これがスネコスリの妖力か?」
「怖や、怖や。やはりスネコスリは恐ろしい妖怪じゃあ」
この時代の夜は月明かりがなければとても暗く、火が唯一の明かりだ。火が照らす範囲でしか物は見えず、人々は闇に潜む妖怪の存在を恐れていた。集落で起きた怪異の噂はすぐに広まっていった。
彼は誰時。亡くなった男の家の前に怪しげな影がある。
毛皮がある四つ足の獣で、ネコ――いや、犬のようにも見える。二匹は人の出入りがなくなり静かになった室内をのぞき見ている。
「なあ、妖の道のスネコスリよ。おまえさんが驚かせた男は死んだようだな」
「妖の坂のスネコスリ、俺は暗がりから出てきて脅かしただけだ」
「わかっている。ワシらスネコスリに人間を殺せるほどの妖力はない。足元に絡みついて驚かし、そのときの恐怖の感情を妖力にする妖怪にすぎない」
「……あの男には悪いことをした……」
「体調が悪かったところに風邪をひいちまっただけだ。おまえさんのせいじゃない。ワシらは人間を驚かさないと妖力が得られなくて消えてしまう。存在するために必要なことだったんだよ」
この集落には、むかしからスネコスリが出るといわれている道と坂があって、それぞれ「妖の道」、「妖の坂」と呼んで妖怪が出ることを伝え、妖が出やすい夜や雨の日は通らないようにしてきた。
人から恐れられている妖怪だが、生活圏で交わっても怖い思いをするだけの場合が多い。でもごく稀に大きな事件となることもある。
二匹のスネコスリが家の様子を見ていると、東の空が明るくなり集落に朝日が差しこんできた。
闇が遠ざかるのと合わせるように、スネコスリたちの体はどんどん薄くなる。太陽が完全に顔を出したころには彼らの姿は消えていた。
この日より、妖の道でスネコスリに遭ったという噂を聞かなくなった。
【小説】『令和の妖怪事情』
第1話のみ朗読動画をつくっています。
朗読は自作小説を推敲するために、テキスト読み上げソフトを活用したときのものです。推敲のついでにソフトの機能をいろいろ試して楽しむようにしています。
動画は時間があるときにつくっているので確約はできませんが、2話と3話の動画を作成したら公開します。
続きが気になる方のために、朗読動画なしですがnoteに記事があります。
『令和の妖怪事情』は全3話で完結済みです。