記憶 …僕の中で残り続けるもの…

 誰かに言われた。お前のことなんか誰も覚えていない、と。誰かに言われた。おまえもいつかは全て忘れる、と。だが実際は違った。僕の記憶はずっと消えなかった。もちろん楽しいこともたくさんあった。でも、嫌なことの方が多い。いや、嫌なことの方が鮮明に覚えていると言ったほうが近いかもしれない。
 僕は生まれてまもなく、親から離された。それからいろんな家をたらい回しにされてきた。僕がまだ幼い頃遊んでもくれない、ご飯もちゃんとくれないお兄さんの家にいたことがある。つらくれつらくて毎日泣いていたよ。あの街はおかしかった。僕がずっと泣いていても睨んで遠くに行ってしまう。やっぱり僕の存在なんて気がついてもらえなかった。それは、お兄さんの家だけではなかった。少し強面のおじさんも。結局どこでも同じだった。
 だから僕は決心した。僕はおじさんの家から家出をした。僕が逃げた時、血相を変えて僕を追いかけてきてくれたのが嬉しかった。でも、おじさんは直ぐに追いかけるのをやめた。悲しかった。確かにおじさんからしたら僕は本当の家族ではない。でも、おじさんに認められるよう頑張ってきたから。
 眠れないまま夜が明けた。ろくに食べていない僕は倒れこんでしまった。遠くからおばさんが近づいてきて僕をだっこしてくれた。とても優しかった。でもおばさんは言った。
「ごめんね。うちでは育てられない。でも、優しいお姉さんのところに連れて行ってあげるからね。」
 ついた場所は施設のようなところだった。僕と同じような子がたくさんいるらしい。そこで新しい家族に出会える可能性があるのだ。僕はひたすら待った。施設のお姉さんはとても優しかった。抱っこしたり一緒に遊んでくれたりした。でも、その笑顔の奥には何故か寂しさを感じた。気のせいかもしれないけど。
 ある日、施設の友達が新しい家族のもとに引き取られた。その子の家には同い年くらいの女の子がいるらしい。とても羨ましいし、僕は焦った。
 このまま誰にも引き取られなかったら…
 施設に入ってから三ヶ月、僕を迎えにくる人はいない。だんだん寂しくなったけど決まってお姉さんは言うのだ。
「もっと、幸せになれるおうちがあるかもしれないよ」
 とね。
 
 ついにこの日が来た。お姉さんは僕をきれいに洗ってくれた。僕は緊張していた。そして、部屋に入ると自然と今までのことを思い出していた。楽しかったお家、辛かったお家、優しいおばさん、ちょっぴり怖かったおじさん。ご飯をくれなかったお兄さん。どんどん新しいお家に行く友達。そして今までずっと優しくしてくれたお姉さん。思い出が最後まで来た時に僕の頬を涙がつたった。そして、僕は静かに眠りについた。
 
 今まで話していたのは、僕の前世の記憶だ。消えることのない紛れもなく犬だった頃の記憶。もしも、この話が人間の僕の記憶だと思っていた人がいるのなら、もう一度読んでみて欲しい。考え方が一八〇度変わらないだろうか。記憶、それはとても重く深い。今していることが全て忘れられないとしたら他人への接し方も大きく変わる。いや、そう信じたい。君がやっていることは誰かの心に記憶にずっと残っていく…かもしれないから。
 
 少し短いお話でした。でも、なにか読んでくれた人の考え方が変わったら嬉しいです。
 

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