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質の低い保育は子どもの発達に悪影響を及ぼす可能性がある。幼保無償化は大丈夫? 保育園運営の現場からお伝えします

2019年10月から消費税が10%になってしまいましたぁ…(涙)

政府はここで得られる財源の一部を使って幼児教育・保育の無償化(以後、幼保無償化)を実施します。年間約7,800億円ですね。

幼保無償化とは、幼稚園、保育所、認定こども園などを利用する3歳から5歳児クラスの子どもたち、 住民税非課税世帯の0歳から2歳児クラスまでの子どもたちの利用料が無料になる制度です。

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上図の参照元:東京新聞 2019年10月7日 朝刊


実は現在、私はまさに保活の真っ只中でして、子育て世代の当事者して一瞬「ラッキー🌟」思ってしまったのが正直なところです。


でも、私にはもう一つの顔がありまして。


保育園を運営しているNPOのスタッフであり、しかも、保育士の仲間集めの責任者です。

人並み以上には、保育の現場をみてきたし、保育士の仲間から保育のリアルを教えてもらってきました。そして、保育士の人材不足に日々頭を悩ませております…

(東京都の保育士の求人倍率は6倍近くもあります…!採用はほんと難しい)


こっちの立場からすると、この幼保無償化はめちゃくちゃ違和感がありました。

もっとも大切にするべき子どもの成長にどんな影響をもたらすのか、まともに検討された形跡が微塵も感じられなかったからです。


実際に調べてみると、改めてツッコミどころが満載…!!


そして、もう親としても「ラッキー🌟」とか思っている場合じゃないことが明らかになりました。


というわけで、今回は保育現場の視点から幼保無償化の問題点と、じゃあどうしたらいいのか、ということについて全力でまとめてみました!



必要なのは「保育園」でも「保育士」でもない

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この幼保無償化は実施前から問題点が数多く指摘されていました。

その中でも特に声高に叫ばれていたのが「保育園の数が足りない」です。


待機児童問題がまったく解決する目処が立たないのにこんなことしたら、潜在的な保育ニーズが表面化して保活が激化するだけだと。

その前にまず、全員が保育園に入れるようにしなければなりません。

「無償化よりも全入化」は重要なキーワードでした。


なお最近、「でも待機児童は減少してるぞ!」という人もいらっしゃるのですが、冗談ポイです。


厚労省の定義する「待機児童」は減っていても、実質的な待機児童である「隠れ待機児童」はむしろ増加しています。

詳細はぜひ下記の記事をご覧ください:



私は以前からこの問題に関心があり色々調べていたので「無償化よりも全入化」は必須じゃん!と確信してまして、SNS等でちまちま発信したり拙いロビー活動をしたりしてました。

でも、現在勤めているNPOで保育園の運営の一端(採用)に携わらせてもらうようになり、少し考えがアップデートされました。

それをひと言で言うなら「無償化よりも全入化 & 保育の質の担保 ← NEW 」です!

(語呂が悪い…!)


政府やメディアの幼保無償化の議論を聞いていると、さも「保育園」と「保育士」が揃っていれば保育園が増えていくかのような前提があるように感じるのですが、保育はそんなあまいものではありませんでした…


必要なのは「保育士」ではなく

「質の高い保育士」だし


保育園のハコがあればよいのではなく

保育士たちが保育に集中できる「質の高い保育環境」が必須なのです。


親子のために、ここは絶対に妥協することはできません。


ところが、今の幼保無償化の制度では保育の質が完全に後回しになっています。


例えば、保育の受け皿拡大の経過措置として、保育の質が全く保証されていない認可外保育施設までも無償化の対象にしてしまっているのです(※自治体によっては独自の条例で除外する予定)。

認可保育所を増やさないといけないから、保育の質を落とそう、なんて声まで聞こえてきます。


あれ、ひょっとして、保育園は子どもを預けておくことができればOKくらいに思ってる…?



質の低い保育はむしろ子どもの成長に悪影響を及ぼすという驚愕の研究結果

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幼保無償化とか、幼児教育に関わる書籍や論文に目を通すと必ずと言ってよいほど登場する研究があります。

それがシカゴ大学のジェームズ・ヘックマン教授の「ペリー就学前プロジェクト」です。

就学前の子どもに対して良質な成長環境を提供し、その後、研究対象とした子どもを40年間(😳!)追跡調査することで、大人になってからの社会参加や生活環境に幼児期の教育がどう影響するのか調べています。

この研究によれば、就学前の子どもに対して良質な成長環境を提供することは、なんと1ドルの投資につき12.9ドル… なんと、13倍ものリターンがあるとしているんです。

内訳は、社会人になってからの納税額の増加や、犯罪コストの低下、等々です。

就学前の子どもに対する投資は、最高にコスパがいいのだ!というわけですね。

「だから、この幼保無償化もお金はかかるけど最終的にはペイするし、よい政策なんだ!」という話をちょくちょく聞きます。

政府のお歴々もそんな感じで思っているのかも。


いやいやちょっと待ってください、と。


そういった主張は、この「ペリー就学前プロジェクト」の本質的な部分を完全に見落としています。

この研究成果が前提としているのは「良質な」成長環境なんですね。


当プロジェクトの「良質」というのは具体的には下記の感じです。

(※下記が「良質」の要件というわけではなく、ただの具体例です)

● 先生は 全員4年制大学を卒業し 、州政府が認可する幼児教育の資格を保有している。

● 先生が週 1回家庭訪問を行い 、子育てについてのアドバイスを保護者 (主にお母さん)に行う。

● 子どもたちを幼稚園のような施設に集め 、週あたり12〜15時間ほど教育を受けさせる。


ふーむ。これは良質といってよさそうですね。


しかし、この幼児教育が「良質」ではなかった場合、逆に子どもの成長にとって悪影響を及ぼす可能性があることを示す研究が複数あるのです。


例えば、イタリアはボローニャの研究です。

東京大学の山口慎太郎准教授の著書『「家族の幸せ」の経済学~データ分析でわかった結婚、出産、子育ての真実~ 』でわかりやすくまとめられているのでちょっと長いですがご紹介します。

イタリアの研究では 、保育の質が子どもの発達にとって重要であることを指摘しています 。

イタリアのボローニャは有数の豊かな都市で 、専業主婦が多く、祖父母が同居ないし近所にいて子どもの世話をしてくれるため 、子どもにとっての家庭環境がとても恵まれています 。

こうした豊かな社会で大規模な幼児教育プログラムを導入した結果 、子どもの発達にかえって悪影響があったことが報告されています 。

これは 、家庭環境があまりに恵まれていた一方で 、保育士 1人に対する子どもの比率がかなり高く 、ボローニャの保育園の質が低かったためだと考えられています 。

乳幼児の発達には 、大人と一対一で触れ合うことが重要です 。豊かな家庭における保育では 、それを実践できるのですが 、質の低い保育園では 、子どもと大人が一対一で接する機会がほとんどありません 。


さらにもうひとつ。

慶応義塾大学の中室牧子教授が日経新聞に寄稿されていた記事からの引用です。

2019年に発表された最新の研究の結果は衝撃的だ。

前述のケベック州での保育所利用料引き下げによる保育所利用の増加の影響を調べたところ、子供らが20代になった時の非認知能力や健康、社会生活面での安定にマイナスの影響がみられた。

幼児教育の効果は好影響の場合と同様、悪影響であっても長期にわたり持続することが示された。


これらの研究が示唆していることは非常にシンプルです。


幼児教育に対する投資は確かにコスパはめっちゃ高いのでガンガンやるべきだが、ただし、それは質の高い保育でなければならない、ということです。


もし日本が現在の幼保無償化の仕立てで突き進んでしまった場合、下記の図の通り、むしろ子どもの成長に対して悪影響を及ぼしかねないのです。

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上図の参照元:日経新聞2019年9月23日「幼保無償化の論点(中)」



さらにいうと、お隣の韓国の事例も注目しないわけには行きません。

実は韓国は7年も前に幼保無償化が始まっていましたが、保育ニーズが急増して保育園が急拡大する一方で保育の質が担保できず、保育所内の虐待が社会問題化してしまったそうです…



この話、全く他人事ではありませんよね。


つい先日、東京都足立区の認可外保育施設でおぞましい虐待が明るみになりました。



保育園の運営に携わるものとして、そして親として(当エントリ記載時点ではまだ娘はお腹の中だけど)、今の幼保無償化のあり方はできる限り早く見直してほしいです。


幼保無償化の「保育の質の担保 」は「あったらいいね」ではなくて、必須要件なのです。


税金の使い方を少し見直せば、保育の質を担保した制度にアップデートできる

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じゃあ今の幼保無償化、どうすればいいの!?

この問いに 京都大学の柴田悠准教授がめっちゃ具体的な修正案をまとめておられるので紹介させてください。


こちらは、みらい子育て全国ネットワーク(miraco)の主催する「メディア関係者と学ぶ幼児教育保育の無償化」に参加させていただいた際に配布された資料から参照させていただいています。

すっごく簡単にまとめると、原則無制限に設定されている3~5歳の無償化に上限を設定して、浮いたお金を保育士の処遇&環境改善、そして、保育の受け皿増やすのにまわそうぜ!ということです。



① 保育無償化の上限設定【現実的な案】

現在無料になっている3~5歳の保育を、幼稚園の仕立てと同様に「補助金25,700円/月まで」という上限を設定。

→ これで2,000億円が浮くことになります。

 > このうちの1,000億円を使えば、保育士の賃金を年収ベースで5%引き上げ可能になります。

 > さらに残りの1,000億円を使えば、未だに不足している保育の受け皿を9万人分追加することが可能です。


② 3~5歳の無償化も非課税世帯に限定【理想的な案】

3~5歳の幼保無償化について、0~2歳のケースと同様に、住民税非課税世帯に限定する。

→ これで7,000億円浮くことになります。

 > このうち3,000億円を使って、保育の質を改善します。具体的には、配置基準の改善です。課題が指摘されている1歳児と4・5歳児に、今よりも多くの保育士をつけます。

 > 残りの4,000億円を使って、保育の賃金を10%引きげ、そして、待機児童18万人分を解消させることができます。



そもそも、幼保無償化はなんのために行われたのでしょうね。

政府の話を聞いている限り、少子化対策のようです。

安倍首相がおっしゃる通り、私も少子高齢化は現在の日本が抱える最大の課題だと思いますし、政府には最優先で取り組んでもらいたいと思います。


でも、少子化対策って手段であって目的じゃないですよね。


目的は、子どもたちや、その後の世代が幸せにこの国で暮らしていけることだと思うのです。そのためには、その子どもを育てる親にも幸せでいてもらわないといけません。

少子化を解決したいからといって、短絡的にお金をばらまいて、子どもの健やかな発達を邪魔してたら本末転倒です。

(しかも、こんな方法じゃ少子化は絶対に解決できないし…)


私たちは少子化対策を考えるとき、常に親子ファーストで考えないといけないと思います。

子どもの幸せ、親の幸せ、これを最優先して考えた施策を着々と実行していけば、結果的に少子化にもじわりじわり効いてくるのではないでしょうか。


保育園運営の現場からは以上です。

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前田晃平
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