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映画『凪の海』に寄せて 脚本いながききよたか 【コギトの本棚特別篇】 その1
現在、ユーロスペースにて、『凪の海』が公開されています。
私は、シナリオで参加しました。
映画鑑賞の一助になればと思い、つらつらとその発端や少しだけ内容につっこんだことを書いてみたいと思います。(いわゆるネタバレはしないつもりです)
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2017年、あれはたしか6月、だったでしょうか。だから、今からちょうど三年前ということになります。早川君から、(普段の呼び方で書こうとおもいます)突然、電話がかかってきました。それまで、電話でやりとりするような間柄でもなかったので、少々びっくりしたのですが、しかし、すぐに、なにか重い腰をあげたのかもしれないなと、ピントはきました。
青山の『しまだ』というゴキゲンなそば屋におずおずしながら行くと、早川君がいて、マグロのブツかなにかをつつきながら、話し始めました。不思議なことに、早川君は目の前のマグロに一口も箸をつけませんでした。これは後々、壮大なる伏線になるのですが、それはまたあとで話しましょう。
すぐに彼は核心を話しました。いわく、「映画を撮る、ついてはシナリオを書いて欲しい」ということでした。こういうとき生返事は禁物です。今までにも何度か、さまざまな監督からシナリオの打診をされた機会はあるものの、うやむやになってしまうこともあったからです。それは双方にとって不幸です。きちんと監督の意図を見極めねばなりません。しかし、それは杞憂でした。その時の、彼のまとう空気感で、本気だなということがわかったからです。
それでも。本当に私でつとまるのか、不安ながら、まずどんな話にしたいのかを聞きました。
しかし、早川君は、ないというのです。話はない、それはいながきさんと作りたい。とにかく、映画を作るべきなのだと考えているといったような返事だったと思います。
いよいよ本気だなと感じました。
もちろん、彼の中に話がないわけではありませんでした。おぼろげながら、しかし確かに、今できあがった『凪の海』に通ずるテーマがすでに監督の中に強くありました。
それは、故郷にまつわること、四国から東京に出てきて久しいが、まだ時折、後ろ髪引かれるように思い出すとある兄妹のこと、そういうことでした。
その日の私には、それで充分でした。
元来、お話しなど、シナリオ屋に任せればいいのです。監督は、強い想念を抱き続けさえすればいいと思います。これまでも、賢しらにお話しを語るより、もやもやとした、しかし力強い、自分にしかないものをぶつけてくれる監督との仕事にこそ、光明があったのですから。
(つづく)
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