記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

映画『オッペンハイマー』考察 ネタバレあり

流れてくるオッペンハイマーの評価を見てみたら意外と賛否両論でビックリしました。

おそらくそれは伝記、あるいは社会派の作品だと思って観た人が低評価にしている様に思うのですが、私がこの作品を高く評価したのはそこではなくて、そもそもこの作品は伝記ではなく「凡人であるストローズの視点から見た天才オッペンハイマー」というテーマの人間ドラマだと思っていて、その視点から物語の主筋、メインストーリーについて解説したいと思います。

この作品は主に主人公である科学者オッペンハイマーの視点(カラー)とアメリカ原子力委員会の委員長ストローズという二人の視点(白黒)で描かれています。

そういった視点の違いからオッペンハイマーという人物を2面的に描いていて、オッペンハイマーから見た自身は「少しの栄光と多くの苦悩を味わった悲劇の天才科学者」という描き方ですが、ストローズから見たオッペンハイマーは「自身の頭脳を鼻にかけた傲慢な男」と映る様な描かれ方をしています。

このストローズという男は作中で描かれる聴聞会とは名ばかりの実質的にはオッペンハイマーに対する懲罰委員会でしかない会議を開いた事からも解る通り、オッペンハイマーに凄まじいまでの敵対心を持つ男として描かれています。

何故彼がオッペンハイマーにそういった感情を持つに至ったのかというと、ストローズ自身は「オッペンハイマーがアインシュタインに私の悪口を吹き込んだせいで、アインシュタインと私の関係が悪化したのだ」とそれが理由の様に述べていますが、私は彼と出会った時にオッペンハイマーが何気なく言った「ストローズは(あなたは)冴えない靴のセールスマンだった?(笑)」という発言が彼のコンプレックスを刺激してしまったのからではないかなと思っています(遺恨が生まれた)。

この発言を受けたストローズはかなりひきつった表情で「いえ 単なる靴のセールスマン」 字幕では「冴えない ではないけどね」と返答していますし、この発言はだいぶ後の時代になってもストローズが覚えていた事が解る事から彼がこの事にかなり強い印象を持っていた事がわかります)

ストローズはオッペンハイマーを出迎える際に卑屈にも見える様なかなり下出に出た対応をしており、オッペンハイマーからの「貴方も物理学を学んだのですか?」という質問に答えるタイミングを逃しながらも「物理学は学んでいない。他の事をね。私は叩き上げだ」とわざわざ返答したり、「物理学を学ぼうと思った事は?」という質問に「オファーはあったのですが、靴を売ることにしたのです」と一々、自己弁護するかの様な含みある言い方をしており(オッペンハイマーもしつこいですがw)この事から彼が科学的な部署で高位に属しながらも科学を学んだ事がないという事にかなりコンプレックスを持っている事がわかります。

(その他にもこのシーンにはストローズの性格的に彼の癇に障りそうなシーンが多いのですが)この後にオッペンハイマーがアインシュタインと面会した際に、オッペンハイマーとはにこやかに会話していたはずのアインシュタインが自分とすれ違う時には険しい顔でまるで視界に入ってないかの様に無視してきた事で、ストローズは「オッペンハイマーが私の事を何か吹き込みやがった!」と思った様ですが、そもそも先述の会話程度ではオッペンハイマーは悪口を言う程にはストローズの人となりを知らないはずなので、この時点でストローズは既にオッペンハイマーの人間性に対して否定的な感情を持っていた事がわかります。(亀裂が決定的に)

その一方で、後の時代にオッペンハイマーは「研究所に呼んでくれた人」として、ストローズを嫌うどころかむしろ恩義を感じていた事が判明します。

そして、時が経った後にストローズの政策について見解を求められたオッペンハイマーが発言した「サンドイッチよりは利用価値がある」に連なる一連の発言で、この発言は揶揄を用いて分かりにくいのですが、要訳すると「まぁ彼は科学のプロではないので理解が足りてないのかと(笑)」といった感じの内容で、おそらくオッペンハイマーからしたら見解を直接述べると角が立つのでジョークを交えて…くらいの感じだったとのだと思いますが、この事で顔を潰されコンプレックスを猛烈に刺激されたストローズはオッペンハイマーに対して嫌悪感を超えてとうとう敵対心までもを持つに至りました。
そして先述の懲罰委員会の開催に進みます。

そしてストローズの執念が実を結んで、オッペンハイマーは追い詰められいよいよ証人尋問を残すのみとなります。

証人はオッペンハイマーと同業の科学者である事が気掛かりだったものの過去の経緯からオッペンハイマーに対して良い感情を持っていないであろうデヴィッド・L・ヒル博士になった事が判明し、ストローズは勝利を確信します。

しかし、ヒル博士は科学者としての良心から過去のわだかまりを捨ててオッペンハイマーを擁護し、それどころか逆にストローズを攻撃してきたのでストローズは敗北し、失脚してしまいます。
凡人には科学者の高い次元による考えは予想できなかったのです。

そして、物語の最後にオッペンハイマーとアインシュタインがあの時に本当は何を話していたのかが明かされます。

それは要訳すると「物理学によって「核兵器」という物を創造した我々は、その事によって人類が将来滅亡へと向かい得るそんな道筋も作ってしまったのかもしれない」というもので、その懸念に同意したからこそアインシュタインは険しい顔となり、すれ違ったストローズに気付かない程の動揺を見せました。

天才同士はストローズ程度では思い付かない様なもっと壮大かつ高次元の話をしてたのです。
つまり「俺の話をしていた」というのはストローズの思い上がりから出た哀しい勘違いで、二人の間ではストローズの話なんてのは欠片も出ていなかったのです。

なのにストローズはその事で長年に渡り嫉妬の炎を燃やし、最終的には自身のキャリアさえ賭けました。

この物語から一見して見えるテーマは『天才科学者の栄光と苦悩』(比率で言えば栄光3苦悩7くらいかな)ですが、真のテーマは「持たざる者から見た天才。持たざる者の悲哀」と言えます。
つまり真の主人公はオッペンハイマーではなくストローズの方だったんですね。

表のテーマの影に裏の…真のテーマを作っておき、それに気付いた人にゾクリとさせるというのはノーラン監督がよく行う手法です。
これまでも『メメント』逆行→混沌 『インターステラー』科学→愛 『テネット』タイムスリップ→パラドックス 『インセプション』夢→妄執と思いつくだけでもいろいろありました。

監督の特徴であり、よく「わかりにくい」とか「テクニックに頼り過ぎ」と批判される事もある歪な時系列ですが、監督の好みや癖というよりも、むしろ伏線隠しというのか、それを行うために必要な演出なのではないかなと思っています。

持たざる者(一般人)との隔たりとしては他にも、核実験の際にその実験によって人類が滅びる可能性が極めて低いものの0ではなかったという事を科学者間では共有していた事が判明し、それを知ったグローブス准将がドン引きするシーンもあります。

それと、これは余談になりますが、僕が個人的に凄いと思ったシーンがあって、人類初の核実験成功の後に実際に原爆を兵器として使用してみようという話になります。
新型の爆弾を使った実験的な攻撃とは言ってもそれが実際に向かう事になるのは異国とはいえ同じ色の血が通った人間なのですから、この段階までくると予想される被害等からオッペンハイマーはかなりナイーブになっています。
そして、いよいよ投下!という事になった時にオッペンハイマーは「あまり高高度から投下されると威力が減退して忠実なデータが取れないので、指定した高度から投下する様に指示してください」と意味の発言を行います。
科学者としての興味と持ち合わせていたはずの倫理感が剥離してしまっているんですよね。
一見はなんてことのないシーンなのですが、オッペンハイマーの... 科学者の業を一言で表現した恐ろしいシーンだと思いました。








いいなと思ったら応援しよう!