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なんでもない毎日を愛おしく思う

久しぶりに、大切なママ友と会った。
肢体不自由の二女と一番仲良しだった幼なじみのママだ。

25歳という若さで幼なじみがお空に行ってから、もう半年が経った。



しばらくは、彼女が少し長い入院をしているだけような、ふわふわした感覚だった。
しかしそれも、もう会えない、という覚悟に少しずつ変わってきた。

娘が通う生活介護施設へ娘を迎えに行くと、幼なじみが置いていった茶色のマットに、違う子が寝転んでいるのを見かけて、ちょっと腹が立ってしまった。

「あれは、○○ちゃんのマットなのに。」と。

でも、誰かに使ってもらえたら、という彼女のママの気持ちを想像して、丸められて隅っこで忘れられているよりはいいんだ、と思い直した。

彼女がいた頃の、明るく淡い黄色のような施設の空気は、グレーを混ぜてしまっだみたいな色に変わったな、と感じる。

そのくらいに、彼女がいないことが、ずっとさみしかった。
きっと二女は、私以上に。




*****

その日は、施設から一番近い喫茶店で、彼女のママのみきさん(仮名)と待ち合わせをしていた。
私たちは娘たちを預かってもらっている間に、この店でお茶をするのが、年に2回くらいの楽しみだった。

娘を施設へ送り届け、約束より少し遅れて店に入ると、先に来ていたみきさんが、入り口に一番近い席に座って待っていてくれた。

向かい側の席に座ると、みきさんが、にっこり笑った。
以前よりも顔がほっそりして見える。

「もっと早く会いたいと思っていたのに、なかなか会えなかったね。」

とお互いに言いながら、2人ともワッフルのモーニングセットを注文した。
いつもは紅茶しか飲まないみきさんが、珈琲を注文していて、ちょっと意外だった。

メープルのワッフルと珈琲


「元気だった?」と月並みなことをみきさんに訊いてしまってから、元気なわけがないのに、と後悔した。

「うん、まぁまぁ。」

そう言って、みきさんは弱々しく微笑んで、珈琲をひと口飲んだ。

みきさんはパートで働き始めていた。
葬儀後の手続き諸々のすべてが落ち着いたら、寂しくて、泣いてばかりいたようだった。

「少し忘れられる時間が欲しくて、家の中にいたらどうしても娘のことを考えてしまうから。」

そう言って、みきさんは目に涙を浮かべた。


本来、みきさんはカラッとした性格で、私たちは冗談ばかり言って、いつも笑っていた。
だからお互いに、その「いつもの」を求めて、おもしろい話をわざと探すかのように次々と近況を話し、いつものようなおしゃべりを始めた。

でもどうしても、娘たちの話の方へ引っ張られてしまう。

みきさんがポツリ、ポツリと核心のような部分を話し始めたので、私はじっと聞いていた。

「ずっとさ、私たちって何してるんやろ、って時間を過ごしてきたやん?ぼけーっと子どもの横でテレビ見てたりとか、お金を稼ぐわけでもないし、何もないなぁって思ってきたけど、めっちゃ充実しとったんやな、って今になって思うよ。」

彼女が話すひと言ひと言が、私には沁みた。

娘との何でもないような、ずっと家にいるだけの毎日って、充実しているのかな、と思いながら、最近読んだ、noteの記事を頭に浮かべていた。


バクゼンさんのnote,
今を生きるとは。
今を慈しむとは。

たくさんのクリエイターの方が、それについてコメントされたり、記事を書かれたりしている。

私もそれらを全部読んで、今の自分の生活を深く考える大切な機会をいただき、自分の「今を生きる」を見つめてみたばかりだった。

今を生きる。
みきさんの今を生きるとは。
2人のこの時間も、私たちは今を生きている。
お互いを慈しむ時間だとも思う。

それぞれのテーブルでお茶を飲んでいる人たちも
地震に遭われた方々も

慈しむ、か。

頭の中が複雑になって、珈琲をひと口飲んで、頭から考えることを消した。


それからも、みきさんは想いを巡らせながら、私に伝えたかったことをゆっくり話してくれた。

「いつでも買い物へ行けるようになった今よりも、限られた短い時間にしか行けないっていう生活の方が、実は気持ちがピンってするんだよ。」

「ずっと憧れてきた家族との外食って、思っていたほどたいしたことないんだよ。娘も一緒に、家で家族そろってご飯食べてる方がよっほどいいんだから。」

娘さんがいた半年前までと、それ以降との生活の違いを、みきさんはいろんな場面でヒシヒシと感じながら、痛みと一緒にそれらを胸にしまってきたのだろう。

「だからさ、ゆうちゃんと一緒にいられることを大事にしてな。すごいことをしてきたんだよ、私たち。でもね、もっと何かできたのかなぁって、後悔ばっかりが残るの。」

みきさんが思わずぽろぽろ泣き出したから、なんだか2人でぽろぽろ泣いた。


娘を迎えに行く時間があっという間に来てしまった。
慌てて食べかけのワッフルを無理にほおばり、それを少し冷めた珈琲で流し込んだ。

駐車場で「またね」と言ってから、初めてそれぞれが別々の方向へ車を走らせた。

私は施設へ。
みきさんは自宅へ。

この現実を、ギュッと奥歯で噛み締める。

なんでもない毎日を大切にしよう、とあらためて思った。

フロントガラス越しの空は、優しい水色一色だった。





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