ワタシの身近なギフテッド
彼は、私が話しかけても
いつも寝たふりをしたり、しかとしたりするから、なんて不愉快な奴なんだと思ってきた。
あの事実を知った後でも、
わずかながら、
その面をまだ捨て切れていないのであるが。
その日は天気が悪く、公共交通機関のダイヤも乱れに乱れ、
私達の数学教師は来れなくなり、
急遽自習になったんじゃなかったかな。(きっとそう)
クラスの調子者が、その日たまたまチロルチョコを大量に持って来ていた。
そして、
彼はこう言い出した。はず。
『この時間内にこの過去問を全部解き切って、クラスの中で最も得点が高かったやつには、このチロルチョコを全部やるよ』
最初私は、
『アホなのか。世話好きな奴か。それだけで、わざわざそんなに持ってきたチロルチョコを渡せるのか。』と思わざる得なかった。
ただその日解かないといけなかった問題は、東大入試の過去問で、とりわけ合格最低点が最も低かった年度の過去問だった。
本当に難しかった。
それ以外に形容しようがないほど、
受験生の自信を失わせるためだけに作られた問題でしかなかった。
少なくとも私はそれを認めた。
でも彼は、
学校で決められた50分の制限時間の10分程残して、
あのアホの前に答案用紙を提出しやがった。
阿保兼調子者兼数学委員長は、
彼の答案用紙を実際の解答と照らし合わせながら、丸つけを始めた。
阿保も何故かこの時は、とても慎重であった気がする。
直後の展開を予知してたかのように。
数学委員長による採点の結果、なんと
彼の答案用紙は満点であった。
また彼の筆跡は憎むほど綺麗で整った字で埋められていた。
満点を取ってしまえば、
阿保で調子者が始めやがったゲームも破綻する。ランキングの暫定制度も機能しなくなる。
実際そうなった。
あの時、私だけに限らず、クラスの全員が
彼に対して羨望と嫉妬と驚嘆の混ざった視線を向けた。
その瞬間以降、
彼は私の同級生でもなくなったし、
不快な奴じゃなくなった。
また、
ちょうど直前の現代文の授業で習ったギフテッドという定義に彼は当てはまると思った。
彼は、調子者で馬鹿な数学委員長も含めた我々が向ける視線にはつゆとも関せず、約束通りチロルチョコパックを腕に抱えると、ゆっくりと怠そうに席に戻った。
やっぱり、嫌な奴だと私たちは思った。