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みんな少しだけ幸せになって

あ、決して病んでいるわけではありません。
ただ売り上げないのにおれに飯を食べる資格なんてあるんかいな?とふと思って、冷凍庫に入っていたカレーを食べました。食べないと死んでしまうし、まだ死にたくはないし。だから食べました。

そもそも資格なんてものは全てないのと同じじゃないのかな。一応形として残る資格というものもあるけど。僕だって英検3級とFP3級は取ったよ。でもまあ資格なだけで。いや逆か。資格を取らないといけないということがおかしいのかもしれないね。

さっきふと思ったことを書きます。安楽死ってのがあるじゃないですか。薬を身体に投与して眠るように命を終わらせることができる。(こんなに軽いものではないのかもしれないけど)日本はたしかないですよね。日本の方が海外に行って安楽死を選択する。といった動画を見たことがあります。それで誰もが安楽死という選択を取れるようになったら、ちょっとは自殺率下がるんじゃないの?と思ったわけです。安楽死の値段は安くないと思います。100万以上するんですかね。調べたことはありませんけど。でも死にたいという気持ちを持ったまま頑張って100万を貯めないといけない。だから嫌だけどちょっとバイト頑張る。100万貯まっていざ安楽死という選択をするところまで来たら、100万円が手元に残ってるから、多分死にたさが薄れるんじゃないかと思って。どのくらいお金の関係で生死が分かれるのか知らないけど。100万円があればきっと、何かできるはずなんです。いや何もしなくていい。ただ100万円が目の前にあることで飯は食えるし家の家賃は払えるし。眠ることができる。生活ができる。これまでできなかったことが100万円あることでちょっとできるようになって、なんか良い方向に進みそうな気がしました。ふと思ったことです。

生きるためには金がいる。それは今のところは考えなくてもいいやって思いたいけど思えないところもあって。お店を始めて少しお金も借りたので、それをまず返す必要があるし。返しながらも自分も生活していかないといけないし。みんなとご飯食べに行きたいし旅にも出かけたい。それら全部できるようになるために店をやり続けるのかと言われたらまたそれも違って。でも今は店をやっていて。なんか考えたら考える分だけ悩みがボコボコ増える気がする。でもその悩みは大体いらないというか、考えなくてもよいことばかりなので寝たら忘れられる。毎日がそれの繰り返しみたいなとこがあります。日々の売上が生活を作っている場合、売上がなければ幸せではない。という思考にいってしまいそうになります。が、決してそんなことはなくて。店を始められたということがまず幸せなことです。そして1日0人でもそこに形として店が立っていることがまた幸せなこと。そしてドアを開けて誰かが入って来てくれることがある。もしかしたら何も買わないかもしれない。でもその人との会話がある。無言の会話かもしれないけど必ず何かがある。この辺はきっと自分自身の力が試されると思う。でも大丈夫。入って来ただけではなまる100点満点。そして定休日を除く営業日はちゃんとお店に座っておくこと。これだけ守ることができたら、お客さんは覗いてくれる。何かを買ってくれることがある。そこで話す。もうそれだけで幸せな気持ちになれる。誰もいない時間、空間はすごくすごく寂しいし1人だし苦しいこともありますが、おそらくそれ以上に楽しいことが待ち受けているのが自分でお店を持つことの楽しさではないでしょうか。楽しくなることを待つ。ともいえます。まあ1人でいるからってしかめっつらで営業するくらいならゲームしてた方がいいし、僕は今から映画を見ます。お客さんが来たら一時停止。これで完璧。とにかく常に何かをしとけばいい。最悪携帯を触っとけばいいけど、映画見るか本読むか。の方がちょっとおすすめ。でもどっちでもいいと思います。僕は今日リーマン珈琲で2人来てくれました。そこからは客足遠く流石に今日はやばいか?と思ってメニュー表を作成していたら1人来てくれました。さっきはカレーを食べてたらまた1人来てくれました。そうなんです。これをたった2人か。と思うか、2人も来てくれた!と思うかで精神の保たれ方が変わります。2人だから売上があるとは限りませんよね。大体の人は2人じゃ経営が成り立たんじゃろ。と言って来ます。はい。もちろんそうです!成り立ちません!がそれを成り立たないと言うことで余計に悩み始めるので、2人も来てくれたんですよー!ニヤニヤとしておきます。カレー食べてたらお客さんが入って来たので、「すみません今カレー食べてて、ここに置いてます」と報告したらもうそこでクスッと笑いが生まれます。もうこういうのが1番平和でよいじゃないですか。本当に。僕は何を求めて珈琲屋をやっているのかいまだに分かっていません。自分でもね。だけどこうして箱を持つことができて、珈琲を売ることで生きていっています。このお店で。いやこのお店以外の全ての場所において、クスッと笑えるような世の中が生まれたら僕はそれが1番嬉しいかもしれない。それがリーマン珈琲に繋がっていて、子供と1時間遊ぶ珈琲屋になって、営業中なのにお酒を飲んでしまうような場所になっちゃう。でもお酒飲んでたら「自由すぎるじゃろ!」とツッコミが入り、僕は顔真っ赤で椅子に座っているからまたおもしろい。そうして少しだけ誰かが幸せになれる空間があればそれが全部僕の幸せになるんじゃないかな。それで僕は幸せになれている。だからあと自分自身に必要なことは、自分で自分のことを幸せにする方法を探しておくことかな。それは焙煎でもいいし、椅子に座ってポーッとすることでもいい。自分にとってストレスになりそうなことは少しずつ手放していこう。なんかむず痒いなと感じたら、少しずつフェードアウトしていく。もちろん売上もいるよ?だからそれをどこから得るのかというのも考えないといけない。そしてそれを考えることが僕にとってストレスになるのであまり考えない。あまりにも自営業に向いていない思考の持ち主。いや逆に自営業に向きすぎているのか?とポジティブに考えたらスッと今の悩みは消えるわけです。僕も1人の人間ですので結構他者と比較しがちです。どちらかというと気になる派。昔の自分でしたら、比較して落ち込んで病む派でしたが、大学生から今までのこの数年間で、グッと病むということを避けられるようになりました。なったか知らんけどそんな気がしています。あとね文章を書き始めるというのはとても心にとっての安定剤となりそうです。でもこれは僕だけかもしれない。文章を書くのが嫌いな人からしたら苦痛でしかないから。だから全員に書いた方がいいですよとも言えないよね。うーん。好きなことか得意なことをやってたらなんとかならんでしょうか。そんなに甘くないのかな。いやもう甘い世界であってくれ。世界がこちらに合わせてくれ。そう思いながらも今日を精一杯過ごしております。長くなりました。

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