性的同意について ~「グラデーションレイプ」から考える「あいまいなコミュニケーション」~
はじめに
漫画家の峰なゆか氏のツイートが話題になっていた。
峰氏いわく、「同意のあるセックスとレイプの中間に位置する性行為を『グラデーションレイプ』と呼ぶことに決定した」とのことだ。
このツイートに対しては様々なコメントが寄せられているが、筆者の観測範囲では批判的な意見が多いように感じられた(女性の意思決定力とは・・・?といった意見や、女性だけではないだろうといった意見、さらには「レイプという本来重大な意味合いを持つ言葉が陳腐化する」といった意見が見られた)。
是非はともかく、峰氏は「レイプ」というワードを選択しているので、多かれ少なかれ「レイプ側(同意ではない方)」に寄せたいと考えているように個人的には思うが、こういった性行為が社会的にどのように判断されるのかということは興味深い。
さて、峰氏が指摘する「グラデーションレイプ」から見て取れるように、性行為における「同意」においては必ずしも言葉と使用者の意図が一致するとは限らない。というわけで、今回は性行為における「あいまいなコミュニケーション」について検討していこう。
性行為における「あいまいなコミュニケーション」
"Yes means No"
峰氏が指摘する「同意のあるセックスとレイプの中間に位置する性行為」についてだが、これは峰氏が新しく生み出した概念というわけではなく、割と前から指摘されていたことである。主に性的同意の文脈で、「そのyesは本当はnoかも知れない」といった問題提起がされることはしばしばある。
本当は性行為をしたいと思っていないにもかかわらず誘いに同意することは、主に「性的コンプライアンス(Sexual compliance)」や「望まないセックスへの同意(Concent to unwanted sex)」などと呼ばれ、学術的にも検討されている。
※「形だけの抵抗」については次章で紹介する。
残念ながらレイプという言葉は用いられていないが、峰氏の言う「同意のあるセックスとレイプの中間に位置する性行為」とは類似していると言えるだろう。相違点は峰氏の想定する「グラデーションレイプ」は「後から思い返して・・・」というものであるのに対し、性的コンプライアンスは「誘いを受けた時点」におけるものであるという点であるが。
では、この「性的コンプライアンス」はどの程度の割合で存在するのだろうか?様々な研究がなされているが、例えばShotlandとHunterによる研究では、女性参加者の38.4%が「性的コンプライアンス」を報告した。
こうした「望まない性行為への同意」について、Twitterなどでは女性のパターンが問題視されがちであるが、男性においても一定割合でこの「性的コンプライアンス」が存在することが分かっている。後ほども紹介するSprecherらの研究では、性経験のある男性のうち30~35%が「性的コンプライアンス」を行ったと報告している。
また最近の研究では、男性参加者の61.3%が過去12か月の間に少なくとも望まないキス以上の行為を行ったと報告している。
これらを踏まえると、男女共に一定割合の人は望んでいなくても性交渉を行った経験があるということが分かるだろう。
峰氏はこう言っているが、まさにこの指摘が示唆する通り、男性も「望まなくても性交渉に同意する」ことがあるということになる。
一方、このような「曖昧なコミュニケーション」は性的コンプライアンスだけではない。
"Yes means No" と "No means Yes"
前章では「望まない性交渉への同意(性的コンプライアンス)」について検討してきた。一方、「実際の意思と発せられる言葉が矛盾する」ということについて言えば、"Yes means No"だけが使われているわけではない。前章でも一瞬登場したが、逆のパターン、すなわち"No means Yes"も存在する。
"No means Yes"、つまり「本当は性交渉を望んでいるが、誘いを断る」ことは「形だけの抵抗(Token resistance)」と呼ばれている。
実はこれに類似する概念を示す言葉は日本語にも存在し、「嫌よ嫌よも好きのうち」と呼ばれている。
「形だけの抵抗」にせよ「嫌よ嫌よも好きのうち」にせよ、こうしたことは「間違い」とされることが多い。確かにこうしたことが事実として認められることは女性の性的自由の観点からは危険であることは言うまでもない。
では、「形だけの抵抗」はどの程度の割合で存在するのだろうか?MuehlenhardとHollabaughによる調査では、女性参加者の39.3%が"Yes"のつもりで"No"と言った経験があることが分かっている。また、性的経験が豊富な女性に限って言えば、60.8%がこうした「形だけの抵抗」をしたことがあると報告している。
また、こうしたことを複数の国の参加者を対象に実施した研究もある。先ほども紹介したSprecherらの研究では、アメリカ、ロシア、日本の大学生を対象に調査が行われた(ちなみに日本で調査が行われたのは南山大学と東北大学である)。この研究では、「形だけの抵抗」と「望まないセックスへの同意」について検討されている。
調査の結果、性経験がある大学生において、アメリカ人男性の49%、ロシア人男性の50%、日本人男性の42%が「形だけの抵抗」をしたことがあると報告している。女性については、アメリカ人女性の42%、ロシア人女性の70%、日本人女性の60%が「形だけの抵抗」の経験があると報告している。
また、性経験のある大学生において、アメリカ人男性の35%、ロシア人男性の35%、日本人男性の30%が「望まないセックスへの同意」を経験している。女性参加者については、アメリカ人女性の55%、ロシア人女性の32%、日本人女性の25%が「望まないセックスへの同意」を経験している。
つまりこのSprecherらの調査からは、国によっても異なるが男女共に一定数が「形だけの抵抗」「望まないセックスへの同意」を行った経験があることが示唆される。
また、ドイツ人を対象とした研究も存在する。Krahéらが性経験のある若年層を対象に行った調査では、男女共に約半数が「形だけの抵抗」を行った経験があることが分かった。一方「性的コンプライアンス」を経験した割合は女性の約3割~4割程度。
結果は以下の(筆者が雑に作成した)表の通り。
まとめ
この章では、「望まない性交渉への同意(性的コンプライアンス)」と「形だけの抵抗」について検討してきた。今一度これらの定義を簡単に確認しておくと、「望まない性行為への同意(性的コンプライアンス)」は「本当はしたくないがyesと言うこと」であり、「形だけの抵抗」は「本当はしたいがNoと言うこと」である。
「望まない性行為への同意」については(主に女性において)問題視されることが多いが、調査結果からは男性においても女性と同等程度には存在することが示唆された。また、「望まない性行為への同意」と同等あるいはそれ以上の割合で存在すると考えられるのが「形だけの抵抗」で、男女共に半数程度が行っている可能性が示唆された。
これらのことを踏まえると、「性的同意」というテーマにおいて、「形だけの抵抗」を無視することはできないように思われる。次の章ではこうしたことも踏まえ、「性的同意」について検討していく。
性的同意に関する提言
この章では、ここまで検討した内容を踏まえ、性的同意に関する提言を行う。
前章の内容を踏まえると、男女共に一定数の割合で「望まない性行為への同意」を行ったことのある人がいることが分かる。こうした点について問題視する声は多いし、是非そうすべきであろう。
同様に、「形だけの抵抗」についても十分に検討すべきだろう。前章で見てきたデータでは、男女共に約半数程度が「形だけの抵抗」を経験していることが分かった。言うまでもないことであるが、"No"を"Yes"と解釈し得る状況というのは危険である。"No"が"Yes"と解釈されうる環境においては、"No"の重要性が薄れてしまい、トラブルに発展する可能性が高くなる。
現状、「形だけの抵抗」がどの程度行われているかを示す最近のデータは不足していると言わざるを得ない。前章で使用したデータは1980年代後半から1990年代後半のものであるが、最近はあまり同様の研究が実施されていないようだ。「形だけの抵抗に関する男性の信念」の有害性は最近の研究でも検討されているが、それが単なる「思い込み」なのか「事実に基づいた経験則」なのかは十分に検討されていない。近年では性的同意に関する様々な啓発が行われているので、そうした啓発の効果がどの程度認められるかを示すためにも「形だけの抵抗がどの程度行われているか」について今一度検討してみてはどうだろうか。
また、日本におけるデータはさらに不足している。前章で紹介したSprecherらの研究では日本人サンプルについても検討されているが、日本人を対象とした調査を今一度行うべきであろう。
もちろん、「様々な啓発によって人々の意識がアップデートされているので、以前見られたあいまいなコミュニケーションは減っている」と予測することもできる。しかしそう考えるのであればなおのこと、その予測を検証するためにも調査を行うことは有効であるだろう。
おわりに
今回は「性行為における曖昧なコミュニケーション」について検討した。性被害を防止するためにも、こうしたことについて今一度検討し、さらなる調査を行うことが望ましいと考えられるだろう。