ばらの花
くるりさん 『ばらの花』の歌詞をLLMに読み込ませてプロットを書き出して、プロットから書き起こした小説です。
◆
雨が降り出したので君は来ないと思った。
君は何よりも雨が嫌いだった。
時間をもらえたかと思って少しほっとした。
ホッとしたのもつかの間、LINEのメッセージが届く。
「雨が降っているから遅れる」
相変わらず、絵文字も何もない。
「了解」
とだけ返信する。
「まったく、、」
ため息をつく。
こんな日まで雨か。
あなたとの大事な日にはいつも雨が降っていた。
だから雨が嫌いだった。
あなたと一緒に生きていくと決めた日も、そして今日、離れ離れで生きていくと決めた日も。
まとまらない髪にイライラしながら、なんとか外出の準備を整えてあなたにLINEする。
雨の中、一歩を踏み出す。
西荻窪の住宅街にある、ジャズ喫茶「フリーダム」。
あなたはここが好きでよく待ち合わせ場所に指定した。
こんな時代にまるで昭和にタイムスリップしたような店。
雨の日でもそれとわかるほど、美味しそうなコーヒーの匂いが外までもれている。
カラン、と小気味の良い音を立ててドアが開く。
「いらっしゃいませ」
気持ちの良い挨拶をする奥さんと黙ってコーヒーを淹れ続けているご主人。
こんな夫婦になれるんじゃないかと思っていた。
私たちはどこで間違えてしまったんだろう。
あなたは、相変わらずこんなにコーヒーの美味しい店で、ジンジャーエールを頼んでいる。
しかも、いつもほとんど手をつけないから気が抜けて、ただの黄色い液体と化している。
そんなどうでもよいことまでイライラする。
席について、コーヒーを注文する。
あなたは私を一瞥して、また汗をかいたジンジャーエールのコップを見つめる。
「それで?書いてくれた?」
私がわざと素っ気なく聞く。
あなたは、「ああ」とだけ答えて、離婚届の紙を取りだす。
その瞬間、グラリっと世界が揺れる。
自分の体がおかしくなったのかと思ったがそうではなかった。
飾ってあったばらの花の花瓶がスルスルと滑り落ちて床で割れる。
地震だ!そう思った瞬間、私はあなたの手を探していた。あなたは立ち上がって私を抱きかかえた。
一瞬、時間が止まったようだった。
割れたはずのばらの花の花瓶はもとに戻り、店は何事もなかったように平然としている。
私を抱きかかえたあなたと、あなたの手を必死で握っている私だけが、マヌケな夫婦としてそこに立っていた。
私達は呆然として、お互いの顔を見つめ合った。
そして、笑った。
雨はあがったようだった。
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