小説『闇に堕ちにて、空に溶けゆく』11/2(土) 【第69話 決断】
病院に着く頃には、だいぶフワフワした感覚は
晴れてきた。いつものように1階ロビーにある
エレベーターで4階にあがろうとしたのだが、
このエレベーターが改修で使えない。
どうやって行けばいいのだろう?と思い、
横を通りかかった看護師に、声をかけた。
すると、たまたまだが、父とこの病院に
最初に来た時の看護師だった。
私は思わず言った。
裕奈「あ、私のこと、覚えてらっしゃいます?
前、日曜日にこちらに来て、エレベーターで、
3階と4階を押し間違えた看護師さんですよね」
看護師は、にこっと笑い答えた。
晴香「そうです、覚えてくれて嬉しいです。」
私は、変な答えだと思ったが、根が気さくな
人なのだろうぐらいに思った。
看護師が続けた。
晴香「この病院へは、お見舞いですか?」
裕奈「そうなんです。母が入院しているので、
で、面会に来たんですが、このエレベーターが
今日は使えなくて。このエレベーター以外の、
4階への行き方をお聞きしたくて」
私の問いに、看護師は微笑みながら言った。
晴香「じゃあ、私が案内しますよ。
ちょうど、3階に戻るところだったんで。」
私は、お礼を言いついて行った。
別のエレベータに乗って、その看護師さんは、
3階と4階を押した。私たち以外、誰も居ない。
看護師は、少しためらいながら言った。
「あの、ユナショウの裕奈さんですよね?」
私は驚いて返した。
裕奈「あ、そうです。もしかして、
チャンネル見てくれてるんですか?」
看護師は返した。
晴香「勇気を振り絞って、裕奈ちゃんに、
話しかけてみるー。」そう言った後、
舌をペロっと出した。私は返した。
裕奈「もしかして、Haruさんですか?」
看護師は頷いた。
裕奈「いつもありがとうございます。
あの日の看護師がHaruさんだったなんて、
感激です」
晴香「私こそ、感激していますよ。
いや、実は以前お会いした時、
気づいていたんですけど、
こういう場所なんで、お声をかけていいのか、
わからなくて。でもお話できてよかったです」
私は、微笑みながら返した。
裕奈「Haruさん、以前、コメントされていた、
好きな方とどうなったか聞いてもいいです?」
看護師は頷き答えた。
「先日告白してくれました。
いや、私が、そう仕向けたのかな?」
そう言って、笑った。
裕奈「良かったです。私も頑張らなきゃね。」
看護師は返した。
晴香「もしかして翔くん?」
私は笑いながら、返した。
裕奈「すみません、それは企業秘密なんです。
当チャンネルの中枢にかかわることですので」
と言って笑った。
晴香「確かに。これからも応援してますから、
頑張ってください」そう言って、
その看護師は、手を振り3階で降りた。
4階で降りて病室に着くと、母は眠っていた。
起こすことはないと思い、
ベッドの横にあった椅子に座り、
母の顔を眺めていた。
また、痩せたような気がする。しばらくして、
風で窓が小刻みに揺れた。そして、その音で、
母が目を開けた。私に気づくと、言った。
母「あ、裕奈、来てたの? ごめんなさいね。
お茶でも飲む」私は返した。
裕奈「気にしなくていいよ。よく眠れたの?
なんか、おだやかな顔で寝てたよ」
母「夢を見ていたみたい。高校のグランドで、
お父さんが、ラグビーボール持って走ってた。
お父さん、ラグビー部のエースで
かっこよかったんだよ。
女子生徒の憧れの的だった。
なんか、先週お父さんが急にお見舞いに来て、
今の仕事は辞めて山形で仕事をする。だから、
お前も山形の病院で、頑張って病気を
治そうって言ったの。もう急でびっくりした。
お父さんは、あの頃と変わらないと思った。
なんで私だったのか、未だにわからないけど、
お父さん、もう一回やり直そうって言ったの。
俺の人生は、お前のためにあると決めた頃に、
戻ってみようと思うって言ったの。
お父さん、どうしたんだろうね、本当に」
そう語る母の表情は、幸せで満ちていた。
私の答えは固まりつつあった。母に尋ねた。
裕奈「ねえ、お母さん、もう一度お父さんと、
夫婦としてやり直せたら、幸せ?」
母は黙って頷いた。その答えを聞き、
私の答えも決まった。私は母に決意を伝えた。
裕奈「お母さん、私、東京に残ることにする。
たぶんね、お母さんは私が居ると
お母さんを頑張り過ぎちゃうから。
これからはもっと、お母さんには
「妻」を楽しんでほしいの。
私のことなら心配しないで大丈夫。
実は言ってなかったけど、
私、YouTubeのチャンネルをやっていて、
そのパートナーの子のご家族に、
とってもよくしてもらってるの。
もし、東京に残るなら一緒に
住んでもいいと言ってもらっている」
母は微笑みながら言った。
「確か翔くんよね。翔くんのご家族のことも、
お父さんに聞いた。翔くんのこと好きなの?」
母が、チャンネルを知っていることに驚いた。
ただ、その驚きを上回るストレートな質問に、
更に驚いた。
ただ、さっき母が話してくれた、
素直な気持ちに、私も答えようと思った。
裕奈「うん、私にとって翔は何より
大切な存在です。
まだ、高校生だから、
この先のことは、わらないけど。
一緒に、チャンネルやってるからじゃなくて、
私の中で、翔が居ない時間なんて、
今は考える事ができない。
今、私にとって、翔はそういう存在です」
その言葉を聞いて、母は微笑み、言った。
「翔くんは、いい子だと思うよ。
お父さんも言ってたわ。」
翔への想いを他の人に伝えたのは、
本人含めて初めてだった。
母の反応に、もう一つ決心が固まった。
(第69話 終わり) 次回11/5(火)投稿予定
★過去の投稿は、こちらのリンクから↓
https://note.com/cofc/n/n50223731fda0
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