小説『闇に堕ちにて、空に溶けゆく』11/21(木) 【第73話 光に向け伸ばした手が掴んだのは蜘蛛の糸】
声をかけてきたのは、今年はじめに、
他の学校から転校して来た子だった。
明るい笑顔で、私の方を見た。
転校してから3か月は経つので、
私の噂は知ってるはずだ。
クラスが違ったこともあり、今まで、
話をすることは全くなかった。
私は「ありがとう。」という一言を言った。
しかし、人と接すると傷つく事は
わかっていたので、それ以上、話はしなかった
その日、下校時に、後ろから声を掛けられた。
颯太だった。
「山崎さん、こっちの方向なの?
俺と同じだね?家はどのあたり?」
隠す必要もないので私は彼に素直に教えた。
すると、颯太は言った。
「あ、あの洋館?凄い、カッコいい家だよね?
山崎さん、もしかしてお金持ち?」
「いや、そういうわけでは。元々、
お母さんのお祖父ちゃんが住んでた家みたい。
私が生まれた時には、もう、お祖父ちゃんも、
お祖母ちゃんも亡くなってたから、
詳しくは、知らないんだけど」
「へえ、そうなんだ。
山崎さんは、普段何して遊ぶの?」
私は、何と答えればいいかわからなかった。
家に居る父の姉は、最低限の家事や育児しか
しない。だからほとんどは、私がやっている。
ただ「家事をしている」と言えるほどのもの
でもないので、答えようがなかった。
そんな私の様子を見て、颯太は言った。
颯太「あ、ごめんね、今日初めて話したのに、
いきなり色々、聞きすぎだよね、俺。
山崎さん、隣のクラスで、気になってたから。
あ、俺の家、こっちなんだ。
じゃあね、また、気が向いたら、色々教えて」
そう言って、手を振り、走って帰っていった。
私は、颯太に気づかれないように、
小さく手を振った。
自分の周りで不幸な事が起こるようになって、
はじめて仲良く話をした相手かもしれない。
正直なところ家族とも、こんなに話はしない。
父や、父の姉は私の事を気にかけていないし、
妹は、話そうにも耳も聴こえず、話すことも
できない。いつも唸り声をあげているだけだ。
今まで、期待しては、裏切られてきてたので、
期待するのはやめよう、と思っていたのだが、
それでも、「もしかして、友達ができるかも」
という思いを、抑えることが出来なかった。
次の日の朝、学校の校門の手前で前方に
颯太が居るのが見えた。
自分から話しかけようかと、
一瞬頭をよぎったが、その考えは抑え込んだ。
期待していいことなど、ないからだ。
とその時、急に前方を行く颯太が振り返った。
そして私に気づき、手を振り、立ち止まった。
私は、その行動が、理解できてはいなかった。
歩きながら、私の後ろに他の誰か居るのでは?
と思い、振り返ったが、誰も居ない。
そして、颯太のすぐ近くまで近づくと、
颯太が言った。
颯太「山崎さん、おはよう」私は驚き、
言葉を返せないでいると、颯太が続けた。
颯太「いつも、朝は、今ぐらいの時間なの?
俺はいつも、もう少し早いけど、
今日は寝坊しちゃった」
そう言って、ペロっと舌を出した。
私が返そうと思ったら、チャイムが鳴った。
颯太「あ、やばい早くしなきゃ。さあ、行こ」
そう言って、走りだした。
私は、後をついて行き、下駄箱で履き替えて、
階段を2階まで上がった。階段を上がってすぐ
颯太は左手に曲がって、手を振りながら、
「じゃあね」と言った。
その後もクラスは違うので、決して頻繁には
会わないが、すれ違うと颯太は挨拶をしたり、
手を振ってくれた。
私も小さな声で挨拶を返すようにはなった。
今までは、学校には何の楽しみもなかったが、
最近は颯太に声をかけてもらえるんじゃないか
と思うと、学校に行く事に楽しみを
見出せるようになった。
ただ、相変わらず、誰かに物を隠されたり、
机の中に虫を入れられる嫌がらせはあった。
それは、以前より、増えていた。
ただそんな事に前ほど落ち込まなくなったのは
颯太の笑顔があったかもしれない。
そんな、ある日、事件は起こった。
音楽の授業から教室に戻ると私の席の辺りに、
数人の人影が見えた。私には気づいていない。
窓の外からの光で、シルエットだけが
際立って見えていた。
私は何も言わず近づいていくと、
そのうちの一人が気づいた。
振り返ると、颯太だった。
颯太「ああ、見つかっちまった。残念」
颯太や、その周りにいた男子達の手を見ると、
ミミズが入った入れ物を持っていた。
そして既に、何匹かのミミズは、
私の机の中に入れられていた。
颯太「化け物も、優しくされたら、油断して、
警戒心が弱まるだろうと思って。
呪い殺されずに、どこまでやれるかって
思ってやったんだけど、
こっちが油断しちゃったよ」
そう言うと颯太が笑い、周りの子も笑った。
そして、颯太が言った。
颯太「ああ、もう終わりな。最近挨拶したら
返してたけど、別に、お前みたいな化け物を
友達だと思っていたからじゃないからな」
そう言って立ち去っていった。
「期待したって、いいことなんてない。」と、
言い聞かせてきたのに期待してた自分に対し、
落胆のようなものを感じた。
また、感情を殺して生きるだけだと思った。
次の日、緊急の全校朝礼が開かれた。
昨日、颯太をはじめとする3人が、川で溺れ、
溺死したという知らせだった。
昨日音楽の授業の後、教室に居た3人だった。
昨日の光景を見ていたクラスメイトたちは、
一層、私に近づかなくなった。
そして、物を隠す嫌がらせもなくなった。
(第73話 終わり) 次回11/23(土)投稿予定
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