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小説『闇に堕ちにて、空に溶けゆく』7/6(土) 【第22話 Passing each other】

洋子は直子の大学進学後、自宅から徒歩圏の
物流業企業で、事務のパートをはじめた。

生活費のためにというより、子供が手を離れ
持て余してた時間の有効活用という理由だ。
 平日の9時から17時は、ほぼ仕事に出ている。

私が定年退職後、家に居るようになってから、
始めのうちは、これまで通り掃除や洗濯など、
家事を片付けてから、仕事に出かけていた。

しかし私から申し出て、平日については
掃除や洗濯を、私がやるようになった。
 
私より上の年代なら
「男が家事をするなんて」という人も、
一定数は居たのかもしれないが、
私にはそんな抵抗はない。
とは言え最初は勝手がわからなかった。
 
ただ掃除といっても掃除機をかけるだけだし
洗濯に至っては、服さえ入れれば、
あとは全て洗濯機がやってくれる。

ただ洋子の“流儀”のようなものもあるようで
私が掃除をした部屋は洋子の時と比べると、
何か仕上がりが違う感覚はあった。
 
洗濯物は更に顕著で
明らかに皺は寄っていて、畳み方も違う。

ただ、その出来映えについて、
洋子が何か言うことは一度もなかった。
むしろ、毎日、仕事から帰ると、必ず、
「あなた、掃除と洗濯、ありがとう
ございます」と言ってくれた。
 

定年退職後、4か月ほど過ぎたある土曜日に
曜日を勘違いし掃除をしようとした事があり、
洋子に声をかけられた事があった。

「今日は、土曜日で、私、仕事が休みだから、
私がやるから大丈夫よ」と言った。

ただ、既にやりかけていたので、
隆「あ、そうか。いいよ、もうかけ始めたし
私がやるよ」と返した。すると洋子も返した。

洋子「ありがとう。じゃあ、分担しましょ。
掃除機をかけてくれたあと、モップかけは
私がやりますんで。そのほうが早く終わるし」
 
そう言って、洋子は、水拭きシートをつけた
取り替え式のモップで、私の後ろから
モップ掛けをはじめた。
洋子はモップを掛けながら言った。
 
洋子「いつもあなたが綺麗にしてくれるから
本当に助かる。私ずぼらだから、
マッサージチェアなんかを動かさずに
掃除してたけど、あなたはちゃんと動かして
その下もやってくれてる」

そう言ってリビングにあるマッサージチェアを
動かしモップ掛けした。そして拭き終わると
マッサージチェアを正確に元の位置に戻した。
 
それを見て気づいたが、私は動かしたモノを
きちんと正確に元の位置に戻していなかった。
何となく感じていた違和感は、こういう事が
理由だろうと気付いた。
 
それに気づいてから、洋子のやり方を見ると
部屋の隅のモップ掛けは私より入念だ。

逆に部屋の中央部分のモップ掛けについては、
私ほど時間も力も入れていない。
こういったところが、私が“出来栄え”に
感じていた違いなんだろうと気付いた。
 
その後、洗濯物を干すのも手分けしてやろうと
いうことになりやったがそこも同じだった。

洋子は洗濯物を干す前に数回ほどはたいて
皺を伸ばしてから、干していた。
これが違いなんだろうと気付いた。
 
そして洋子は掃除の時と同じように、
洗濯物を干しながら言った。

洋子「あなたが洗濯してくれるようになって
タオルの生乾きがなくなったと思ってたけど
そうやって、ハンガーを一つ飛ばしにして
干してたからなんですね。秘密がわかったわ」
 
洋子は恐らく私のプライドを傷つけないよう、
こうやって良い所を挙げながら、
教えてくれているだろうなと思った。

こうやって、一つ一つギャップを埋めれば、
違和感はなくなって、2人の楽しい暮らしが
その先にあるのだろう、、、
と、この時は思っていた。
 
洗濯物の畳み方だけは
洋子の次元に達する事はできなかったが、
掃除や洗濯は、洋子のやり方をまねることで、
出来栄えの“違和感”は、かなりなくなった。

そして何より、洋子のやり方をまねてみると
今までよりも、遥かに短時間で終わるように
なった。するとまた、時間を持て余すという
結果になってしまった。

 
ソファに寝転がりテレビを見ても面白くない。
広告代理店に勤めていたので、テレビ出演者が
わからない、といったことはなかったのだが、
とにかく内容に興味が湧かない。

永らくマーケティングや、
プロモーションに、携わってきたが、
こんなにくだらないものを世に
送り出していたことに、皮肉にも気づいた。
 
昼食は、洋子が仕事前に
作ってくれたものを食べる。
「男子厨房に入るべからず」
といった価値観は全くない。

ただ台所は侵してはいけない領域の
ように思えていたため、これまで、
昼食を用意すると申し出たことはなかった。
 
洋子の職場が徒歩圏にあるため、洋子は
昼休みに帰宅し、昼食は一緒だった。

これは、私が家に居るようになってからの
慣習でなく、それ以前も洋子は昼休みには
職場から帰宅してやり残した家事を片付け、
1人で昼食をとっていたようだ。
 
いつからか洋子が
昼休み戻ってくる時間に合わせて、
洋子の分も、温めるようになった。
帰宅して、すぐに一緒に食事できるように。
 
ダイニングテーブルに向かい
「いただきます」と言って食べ始める。

昼食時の話題は、洋子の仕事に対する
“愚痴”になることが多かった。
私の生活に起伏がないので、
洋子の投げかけた話題になるのは必然だ。

業種は違っても、マネジメントという
ものは普遍的な要素が多い。

いみじくも、上場企業の広告代理店にて、
部長職まで務めあげた私は、
洋子が発言した事に、ビジネスの先輩として
意見を言ってしまう。

少しでも洋子の参考になれば、、、、、
という思いで言ったのものだが、
今になって思うと自分の過去の栄光を
示したいという意識に、
基づいていたのかもしれない。
 
私がそんな助言を続けていると、決まって、
洋子の口数が少なくなることにも気づかず、
話を続ける自分がいた。
 
(第22話 終わり)次回は7/9(火)投稿予定

★過去の投稿は、こちらのリンクから↓
https://note.com/cofc/n/n50223731fda0

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