小説『闇に堕ちにて、空に溶けゆく』11/23(土) 【第74話 悪魔と呼ばれた少女】
颯太たちが溺死した日、これまでより大きく、
はっきりした声が、心の中に聞こえた。
そしてそれ以降、心の声が莉子の人格を
支配する時間が増えていった。
そして、いつしか私の心の中で増幅した声を、
私に関わった人の心に、意識して
棲みつかせることができるようになった。
正確には以前から無意識のうちに、
私の心に響く悪魔の声を目の前の人の心に
伝えてたと思うが、自分でコントロールして、
伝えたりはできていなかった。
しかし颯太たちの事故の日から、
それを自分の意思でできるようになった。
いや、正確には、自分の意思ではない。
自分の人格を支配する悪魔の意思によってだ。
ただ引き金を引いてるのは自分だとも思った。
自分が相手に対し負の感情を芽生えさせると、
それを拾い上げた悪魔が心の声の矛先を決め、
相手を操っているように感じていた。
周りの人を不幸にしないため、
自分の感情を押し殺すことに集中していた。
と言っても、完全に押し殺せるものではない。
私の周りで起こる不幸な出来事は増えていた。
いつしか影で「悪魔の少女」と呼ばれるように
なっていた。そして、颯太たちを殺したのも、
母を自殺に追いやったのも私の悪魔の力だと、
噂されるようになった。
私自身も自分ではない、
と言い切る自信はなくなっていた。
自らの命を絶った日の、母の言葉を思い出す。
「莉子は近づかないで」
母も娘の悪魔の能力に気づき、
恐れおののいていたのかもしれないと思った。
人と接することを避けるため、学校以外では、
ほとんど家で過ごした。その頃になると家に
父や、父の姉を訪ねて、全く見ず知らずの人が
来る機会が増えていた。
その人々は、長居をすることはなく、
封筒や紙袋を手渡し少しの会話があるだけだ。
関係あるかどうかわからないのだが、
そういうやり取りの後、
悪魔に人格を支配される事が、
多かったように感じていた。
ただそういった時、その心の声の矛先が誰か?
を感じることができてなかった。
ただ何となく強い力が発散されてる気がした。
義務教育なので、中学まではなんとか通った。
とは言え、毎日行くわけではなかった。
自分の心が不安定だと感じる日には、
周りに危害を加えないよう家にとじこもった。
自分で言うのも憚られるが、そんな状況でも、
成績は悪くなかった。学力的には恐らく
十分に進学できたが、高校に行くつもりは
なかった。人と接する機会を減らすためだ。
心の中の悪魔と付き合うちに悪魔の“怒り”が
高まっていないうちは相手に伝える心の声を、
幾分、コントロールできるようになってきた。
できるだけ、“悪魔”の感情を入れずに、
単に “自分ではない”無色の心を相手に
充満させれるようになっていた。
ただ、悪魔の“怒り”が高まった時には
それはできなくなる。
そして私自身や悪魔が負の感情を抱いてない
相手に対しては、先程言ったような無色の気で
相手の心を埋めることによって、
緊張に満ちた日常から、緊張のない世界へ、
相手の心を解放できるようになった。
一種の催眠術みたいな状態だと思う。
中学卒業を間近に控えたある日、父の姉から、
「中学を卒業したら、あなたは、働きなさい。
そのために、この家の一角に、
催眠セラピーを作るから、あなたは、
セラピストをしなさい」と言われた。
元から高校進学をするつもりはなかったが、
そんなものがやれるのかはわらなかった。
ただ私に選択権があるとも
思っていなかったので、黙ってそれに従った。
催眠セラピーを開業したが、
大々的に宣伝するわけでもなかった。
客はほとんど来ない。しかし、以前から、
父や、父の姉を訪れてる、
怪しい人間が来る機会は増えていった。
そういった人間の来訪時には私は関与せず、
手渡されたリストで名前などをチェックして、
あとは2階の妹の部屋に案内するだけだ。
妹の部屋と言っても、リビングに面した
共用に近い部屋だ。
何をしているのかはわからない。
生きていく中で、自分の感情を押し殺す事が、
あたり前になってたのだが、ごく稀に訪れる、
一般のお客さんの心の声を聴くようになると、
「誰もが悩みながら生きているんだな、
ただ、それを何とか乗り越えようとしている」
という、当たり前の事に気づくことができた。
押し殺している感情の奥底で
「自分として、生きたい。」という思いが、
芽生えているのがわかった。
心の声を聴く、と言っても
私に相手の心を読む力はない。
緊張が解放された時に患者自身が、
声に出して自分の想いや考え、そしてそれを
伝えたい相手を言うのを聞いているだけだ。
私が、アドバイスできることなどはないので、
基本的に聞くだけなのだが、催眠状態が覚める
直前には、その患者自身が言っていた内容を、
敢えて繰り返して言ってあげるようにしてる。
そうすることで、意識に少し残るらしい
というのが、わかっていたからだ。
(第74話 終わり) 次回11/26(火)投稿予定
★過去の投稿は、こちらのリンクから↓
https://note.com/cofc/n/n50223731fda0