小説『闇に堕ちにて、空に溶けゆく』10/9(水) 【第61話 家族】
時間を忘れ、会話を楽しんでいたら
1時間半も経っていた。
その時、翔の母親が言った。
母「櫻井さん、もしよかったら夕食、
我が家でご一緒にどうですか?
今からご自宅で準備されるのも
手間でしょうから」凛が、口を挟んだ。
凛「お母さん、折角の親子水入らずなんだし、
ご無理言ったらだめだよ。
それにお父さんも、私たち家族と一緒だと、
気を遣って疲れちゃうだろうし」
その言葉に、父は返した。
猛「いや、今日初めてお会いしたとは
思えないぐらいです。
自分で言うのもおかしいですが、
もう、なじめている気がします。
病院からの帰り道、裕奈が谷川さんご一家を、
本当の家族みたいに嬉しそうに話をしていた、
理由がわかった気がします。」
それを聞いた、母が畳みかける。
母「じゃあ、どうですか、一緒に夕食でも。
ご自分の家だと思って。」
それを聞いた父が、私の方を見て、
目で「どうする?」と尋ねた。
私は「もう少しここに居たい」と頷いた。
猛「じゃあ、厚かましさついで恐縮ですが、
夕食、ご一緒させて頂いていいですか?
私も、裕奈の“新しい家族”のことを、
もっとお聞きしたいですし」
それを聞いた凛が喜び、裕奈の手を握った。
17時過ぎに、翔の父の直樹も帰宅した。
母から連絡を受け、仕事を早めに切り上げた。
人数が多かったので今日の夕食は
リビングでとることになった。
リビングテーブルだけでは狭いので、
翔が自分の部屋から、
テーブルを持って降りてきた。
翔の父、直樹と、私の父は、
とても初対面とは思えないほど、
打ち解け、盛り上がっていた。
話は自然と私の父、猛の仕事の話になった。
猛「今、モロッコでオレンジ農園を造る
仕事をしてるんです。
モロッコの特産物なんですよ。
アメリカ産に比べると安価で、品質も良い。
ただ安定的に生産するために、
質の高い労働力確保が重要です。
しかし正直、現地だとあまり、
そこが重要視されていません。
なので、今、法人化しようとしている農園は、
従業員用の住宅、学校も併設して造ってます。
短期的に見れば投資はかさんでしまいますが、
長期的に見ればメリットが大きいんです。」
私は、父が商社に勤めている事は知ってたが、
具体的に何をしているかは初めて聞いた。
頭のいい人とは思っていたが、そんな、
大きな仕事をしているとは知らなかった。
そして、話題はこれからの事に移っていった。
直樹「櫻井さん、これからどうされるか?
決められておられるんですか?」
猛「妻は生まれ故郷の山形で
治療していこうと思ってます。
医療の知識は、全然ないですが、
ステージ4なので転移が進んでると思います。
ですから、外科手術での治療は恐らく難しく、
薬剤治療になるかと思ってます。
そうなると、体や心への負担も大きいから、
故郷でのんびりと、治療をしていくほうが、
いいんじゃないかと思ったんです。
明日から、3日ほど山形に行き、
病院の事や、それ以外の事も調整し、
可能なら手続きまで済ませようと
思ってます。
仕事の方は、会社に言って山形に本社がある、
関連会社への異動を、お願いしています。
その話も山形からの帰りに、
大手町の本社に寄り、人事もまじえ、
打合せする予定です。
ただ、今の仕事も、すぐに代わりの人間に、
というわけにいかないと思います。
今のところ会社からは3か月後、
年が明けてから、というスケジュールで
言われています」
たった半日で、全ての段取りをした
父を凄いと思った。と同時に
一つの疑問が湧いた。
そして私が聞く前に凛が同じ質問をした。
凛「じゃあ、裕奈も、山形に?」
凛は私の顔を見ながら言った。猛は答えた。
猛「実は、それはまだ迷ってます。
妻は恐らく治療で、精神的にも
不安定になると思うので、
裕奈へも負担があるかもしれないと。
あとは、勉強についても、正直、
山形よりは、今の学校の方が、
いいと思っています。
幸いにしてですが今の家は持ち家ですので、
裕奈は東京に残るという選択肢もあるかな
とは思ってます。
ただ裕奈を一人東京に残すのも、
それはそれで不安もありますし。
そのあたりのことも含め、
これから裕奈の意見も聞いて
決めていこうかと思ってます。
どちらにしても実際に動くのは、
年明けなので。
でも、今日、皆さんとこうやって
お話をして、こんなに素敵な、
“新しい家族”が居るのなら、
ということは、私にとっての好材料でした。」
それを聞いた、翔の父、直樹は返した。
直樹「裕奈さんと、よく話し合って、
お決めになられたらいいと思います。
私達にできる事は何でもします。
裕奈さんを、うちでお預かりすることも、
全くやぶさかではありません。
お父さんの前で言うのは憚られれるのですが、
私達家族にとって、裕奈ちゃんは
本当の家族だと思ってるぐらいですから」
私は、その言葉を聞いて目から涙がこぼれた。
その姿を見て、父の猛も目頭を熱くさせながら
言った。
猛「谷川さん、本当にありがとうございます。
そんなこと言って頂いて、本当に嬉しいです。
これからの事は、どうなるかわかりませんが、
どういった形になったとしても、これからも、
今までのように、谷川さんご一家と
お付き合い頂けないでしょうか?」
直樹は、「勿論です。」と言った。
それを聞いて、今度は、凛が泣いている。
楽しい食事が終わり、私と父は2人で帰った。
帰り道で、父が私に言った。
猛「とても素敵なご家族だな。
私の不甲斐なさで、うちでは
築けなかったが、、、
あんなにも素敵な、“新しい家族”に恵まれて、
よかったな。すぐに答えを出す必要はないが、
これから、どうするか?という事については、
裕奈なりにも、考えておいてくれないか?
裕奈だけに決定を押し付けたりしないが、
ただ、やっぱり裕奈の気持ちを一番にしたい。
確かに、お母さんからしたら
裕奈も近くにいる方がいいのかもしれないが、
裕奈にとって、それが一番かわからない。
裕奈は自分にとって一番いい、
という方法を、選んでほしい」
父は私の目を見つめ言った。私は頷いた。
そして、父は少しニヤッとして話を続けた。
猛「まあ、一番、いいかたちは、翔くんが、
「お嬢さんをください」って言ってくれると、
話は早いんだが。で、どうなんだ?」
裕奈「どうって、何が?」
猛「いや、脈あるのか?」
裕奈「それ、普通、娘に聞くことじゃないよ」
猛「確かに、そうだ」そう言い、猛は笑った。
(第61話 終わり)10/10(木)まで毎日投稿。
次回は10/10(木)投稿予定
★過去の投稿は、こちらのリンクから↓
https://note.com/cofc/n/n50223731fda0
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