小説『闇に堕ちにて、空に溶けゆく』10/8(火) 【第60話 対面】
【第60話 対面】
バスに乗ってすぐ、父が私に、
これからの予定を説明してくれた。
猛「裕奈、お父さん、明日から山形に行く。
母さんが治療する病院を探して
可能なら手続きをする。一応、
お祖父ちゃん、お祖母ちゃんとの話し合いを
含めて、3日間は山形に行くつもりだ
で、こちらに戻る日に大手町の
本社に寄って今後の仕事の話をしてくる。
裕奈は学校があるだろうから、
東京に居てくれ。
で、申し訳ないんだが、
今後の手続きのために準備して
おいてほしいことがある。
ちょっと、今、LINEに貼り付けるから」
そう言うと、父からのLINEが来た。
そこにはメモ帳のスクショが貼ってあった。
先生の話で、すぐに状況を理解して、
この短い時間で色々なことを調整して、
スケジュールを立ててくれた。
父は、頭がよく、物事を“捌ける”人だ。
昔の、イメージのままだ。
LINEを見て「わかった」と返すと、
父は頷いて話を続けた。
猛「でも、裕奈、あの家で1人は
寂しかっただろう。
ごめんな、もう少し続いちゃうけど」
その言葉に、私は首を振った。
そして、翔の家族のことを話した。
父は何故か嬉しそうに聞いていた。
私の説明に時折、質問をしたりする。
そして、バスが駅に着き、降りてから、
父は言った。
猛「今から、翔くんのご家族に、
お礼とご挨拶に伺いたいけど、
迷惑じゃないかな?」
私は驚いたが、父にも翔の家族に
会ってほしいと思い、
「聞いてみるね?」と答え翔に電話をした。
翔から「勿論」という返事があった。
それを父に伝えると、父は電車に乗る前に、
駅ビルに入っている百貨店に寄って、
手土産を買おうと言った。
電車に乗ってドアの横に2人で
立っていると、父が言った。
猛「翔くんと会えるの楽しみだな。
こんなこと言ったらなんだけど、
翔くんが息子になったらいいな、
と動画見ながら思ってたんだ。」
そう言って、にやっと笑った。
父と言い、翔の家族と言い、着実に
外堀を埋めようとしている気がする。
あとはあの草食動物しだいだな、
と心の中で思った。
駅に着き、歩いて翔の家に向かった。
そして、チャイムを鳴らすと、
今日は珍しく、翔が出てきた。
だが何故か、緊張している。そして言った。
翔「は、はじめまして、、谷川翔と申します。
お嬢さんと同じ高校に通わせてもらってます。
お世話になっております。えーと、えーと、
それで、何とお呼びしたらいいでしょうか?」
私はその言葉を聞いて爆笑した。そして言った
裕奈「いや、家の前で、それ、いきなり
聞くこと?どうしたの、翔、何か変。」
外の物音に気付いた、翔の母親が顔を出し、
言った。
母「いらっしゃいませ、
長旅でお疲れでしょうから、
どうぞ、お入りください。」
そう言って、私と父を招きいれた。
そして母は不思議そうな声で、翔に言った。
母「あんた、何やってんの?
なんで、そんなところに
直立不動で立っているのよ?」
私は、再び笑った。
リビングには、凛が居た。
凛が私たちを見て、いらっしゃいませ、
どうぞ、ゆっくりしてくださいね、と言った。
そして私にハンガーを、手渡しながら言った。
凛「裕奈、お父さんのコート、これにかけて、
そこのコート掛けに、かけてあげて」
私は、「はーい」と言って、
父に「お父さん、コートちょうだい」
と言った。
コートを脱ぎ、ソファに腰をかけた
父に向かい、凛が言った。
凛「はじめまして、翔の姉の、凛です。
今は裕奈ちゃんの姉のほうが本業です」
と言った。
父は笑いながら思い出したように、
手にもっていた紙袋を出して言った。
猛「いつも裕奈がお世話になっています。
これ大したものじゃないですが
よかったらどうぞ」
と、母親と、凛に向かって言い、
紙袋は凛に渡した。
凛はお礼を言ってから、母に渡した。
父は続けた。
猛「いやぁ、凛さんみたいな、
姉がいるんなら安心です。
裕奈は小さいころからずっと、
『お姉ちゃんが欲しい』って言ってましたが、
流石に、後から姉は無理ですからね」
それを聞いて、凛は笑いながら
「確かに」と言った。
父は私と違ってコミュニケーション力が高い。
初対面の人であっても、会話ができる。
会話が弾み、とても今日が初対面とは
思えない。と、その時、翔がリビングの隅で
直立不動で立っていることに気づいた。
私は、翔に声をかけた。
裕奈「翔、そんなところで何やってるの??
こっち来て座ったら。私が言うのも変だけど」
凛が続けた。
凛「翔、なにしてんの?のび太くんの真似?
もしかして今度、動画でそんな企画するの?」
それを聞いた、父が思い出したように言った。
猛「あ、そうそう、動画いつも見てますよ。
私、今、仕事でアフリカに居るんですが、
YouTubeって世界のどこに居ても見れるから」
それを聞いて、翔が慌てて言った。
翔「え、お父さん、動画を、
ご覧になられたのですか?
いや、あの、違うんです、
あれは、あくまで演出で。
私とお嬢さんは、同じ高校の同級生でして、
決して、変なこととかは全くなくてですね」
それを見た凛が言った。
凛「あ、翔、お前、裕奈のお父さんに
会うので緊張してるな?
お前、そんなんでどうする?
ちゃんと、『娘さんを下さい』って
言えるか?そんなんで?」
翔は慌てて言った。
翔「姉貴、変なこと言うな、お父様が
誤解されるじゃないか!いや、
私とお嬢さんは真面目にお付き合いしていて、
あ、違う、お付き合いじゃない。
同じ学び舎で学業に励んでおりまして」
それを聞いた私は笑った。
裕奈「学び舎って、卒業式の祝辞とか、
送辞でしか聞いたことがない」
その光景を嬉しそうに見ていた、父が、
翔に言った。
猛「翔くん、いつも裕奈が
お世話になってます。
翔くんなら、いつでも挨拶しに
来てくれていいですよ。
楽しみにしてます。な、裕奈?」
油断していたら急に自分に振られ
何も言えず、下を向いた。
外堀から埋めようとする人が、
もう一人増えた。
私は翔の方を見て、心の中で呟いた。
「どうすんだ、この、草食動物が、、、」
(第60話 終わり) 10/10(木)まで毎日投稿。
次回は10/9(水)投稿予定
★過去の投稿は、こちらのリンクから↓
https://note.com/cofc/n/n50223731fda0
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?