小説『闇に堕ちにて、空に溶けゆく』10/29(火) 【第67話 選択】
子供は親の事を知っているようで知らない。
というより子供が知り得るのは、
父と母という側面だけで、
夫と妻という側面については、
ほとんど知らないと思った。
母親を酒に追い込んだのは自分ではないか?
という思いは晴れたが新たな迷いができた。
私は山形に行くべきか?
それとも、東京に残るべきか?
ということだった。
父と母の真相を知った今、
家族の一員として山形に行って、
母に寄り添うべきではないか?と思う一方、
私が居ない方が父と母にとっては
いいのではないか?という思いも生じた。
それは決して自分を卑下したわけではない。
勘だが、母の余生は決して長くないだろう。
「父と母」という関係でなく
「夫と妻」という関係に戻してあげる、
そのためには娘である私は
居ないほうがいいと思った。
父の望みとは真逆だが、私自身のことは
一旦、置いて考えてみようと思った。
そんなことを考えながら電車を待っていると
後ろから声がした。
翔「櫻井おはよう。お父さん、
山形から戻ってきたんだろ?どうだった?」
私は翔におはよう、と返した後、
父との話を伝えた。
これまで言ってなかった、母が度々、
お酒に浸っていたこともあわせ、翔に話した。
翔は、真剣な眼差しで話を聞いてくれた。
ただ山形に行くか、東京に残るか
迷っている事は、翔に話すのはやめた。
一旦、自分の事は置いて考えてみよう
と思っているので、
私にとって東京に残りたいという、
最も強いモチベーションになる本人に、
迷いを伝えて引き留められでもしたら
判断が鈍ると思ったからだ。
翔と離れたくはない。
学校では、いつも通り楽しい時間を過ごし、
山形?東京?の迷いが浮かぶ事はなかった。
そして次の土曜を迎えた。
今日は、翔の一家を家に招く日だ。
午前は翔の部屋で動画撮影をする事になった。
そのために、朝10時に翔の家に着いた。
1階で翔のお父さんやお母さんに挨拶をして、
2階に上がった。
翔と凛が部屋に居た。
今回は「答え合わせ」企画なので、
回答が微妙な時に判定をする人が必要だ。
それを凛がやってくれる。
翔は既に蛙の着ぐるみを着ている。
着ぐるみと言っても顔は出るタイプのものだ。
私は結局、パジャマでやることにした。
2階の洗面所を借りてパジャマに着替えた。
部屋に戻ると撮影のセッティングはできてる。
早速撮影が始まり、凜はカメラ横の
映らない位置で、声だけで出演している。
その凛の掛け合いが、タイミング、
センスとも抜群だったので面白かった。
自分が楽しめている動画は、
だいたい、再生回数が増える。
五十音順に2人交互にお題をあげていくが、「な」行まで来ている。
このまま「ん」まで揃わないと、
チャレンジ企画が終わりになる。
それは避けたい、とは言え、
すぐクリアしても面白くないので、
さじ加減が難しい。
翔がお題を出した「は」でも揃わなかった。
次は、私がお題を出す番だ。
わざとパジャマの胸元をパタパタとしてみた。
その素振りの意味に翔は気づいてなさそうだ。
次は、私がお題を出す番だ。
裕奈「じゃあ『ひ』から始まる、
彼女に言ってはいけない言葉は?」
凛は笑ってるので、既にわかったようだが、
翔はまだわかってなさそうだ。私は被せた。
裕奈「例えば翔が、私に向かって言ったら、
私が怒るようなことを考えればいいんだよ」
翔の目線が顔から下に移動したのに気付き、
すぐに言った。「翔、どこ見てんの?」
審判役の凛が「はいシンキングタイム終了!
じゃあ、行きましょうか?
「ひ」で始まる彼女に言ってはいけない
言葉は? せーの」
翔・裕奈「貧乳!」チャレンジ成功となった。
私は言った。
裕奈「絶対に、言っちゃダメだからね」
翔「わかった、心の中だけにしておく」
裕奈「心の中もダメ!」
翔が、その言葉を聞いて、
「はい、オッケー!じゃあエンディングを
撮ろうか」と言った。
エンディングは3分で撮影が終わった。
今日の撮影は順調で12時過ぎに終わった。
翔にお昼を誘われたが、この日は、
このあと翔の一家をうちに招いてあるので、
その準備の手伝いに帰ると伝えた。
翔は「そうだな、じゃあ、また後で」
と言い、見送ってくれた。
もし、山形に行くとしたら、
翔と動画を撮れるのはあと何回だろう?
そんな事を思いながら帰宅した。
帰宅すると父が料理の真っ最中だった。
ただ何事も器用にこなす父は
大半の下調理を終え、今は、
メインの料理を煮込んでいるところだ。
父は、私に言った。
猛「おかえり。帰ってきて早々で悪いけど、
ちょっと飲み物を買ってきてくれないか?
お父さんとお姉さんはお酒飲まれる
と思うが、お母さんや翔くんが飲むもの、
何がいいかわからなくて。
裕奈、選んでくれないか?」
私は「はい」と言い近くのスーパーに行った。
飲み物のついでに父から頼まれた
朝食の食材も買ってきた。
買物をしたものを父に渡すと、父が言った。
「あと、テーブルクロス買ってきてるんだ。
敷いてもらっていい?」
そんな、細々とした準備を終えた時、
チャイムが鳴った。
玄関を開けると翔の一家の顔が見えた。
4人を招き入れリビングで食事が始まった。
話題は父と母が山形へ引っ越す話になった。
私の父の話を聞き、翔のお父さんが言った。
直樹「住む場所が決まってよかったですね。
お母さんも生まれ育った土地の方が
落ち着くでしょうし、
治療にも専念できるでしょう。
ところで裕奈ちゃんがこっちに残ることを、
ゴリ押しするためではないですが、
もし東京に残ることになったら、
うちの一部屋が空くので、そこを、
使って頂くことも可能です。
凛がこの春から就職で、職場は都内ですが、
通勤を考え一人暮らしする事になりました。
大学にも自宅より近いので、
卒論のメドがつく2月には引っ越すんです。
で、凛の部屋が空くので、そこを裕奈ちゃんに
使ってもらうことも可能です。」
私を惑わす、条件が更に増えた。
(第67話 終わり) 次回10/31(木)投稿予定
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