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小説『闇に堕ちにて、空に溶けゆく』9/14(土) 【第48話 有名人】

夏休みの後半2週間も積極的に動画を上げた。
新学期に入ると撮影頻度は下がるだろうから、
9月分も含め、5本撮影した。

また翔のアイディアで本編の一部を切り取った
ショート動画も上げた。
 
8月末には登録者数が
1.5万人まで増えていた。
編集はほとんど翔がやってくれるので、
私は翔に比べれば時間がある。

その時間を利用して動画のコメントを見て、
「いいね!」を押したりコメントに
返信をしている。

そして夏休み最終日、一つのコメントを見た。
 
「中学の時の、あの陰キャが、まさか
YouTuber気取りで草」 
 
アカウントのアイコンが顔を隠してあるが、
見覚えのある風貌だった。そして、
アイコンをタップしてチャンネルに行くと、
ユーザー名が、Seven Seaだった。
七つの海、、、七海。 
 
一つだけ投稿動画がありカラオケの歌ってみた
動画だったのだが、顔は写っていないものの、
女子高生と思しき若い女性2人が歌ってた。
恐らく、美咲と、七海だろう。
 
動画を見られたくない相手だった。
私にとって宝物のような、翔と、翔の周りの
人々との時間に、入ってきてほしくない人だ。

ただその門戸を開いているのは、期せずして
自分だった。今まで、そういう考えを持たず、
楽しんでいた自分の浅はかさに気づいた。
 
翌日から学校だ。翔との接点が出来てすぐに
夏休みに入った。そんな環境変化を経て迎えた
新学期だが登校しながらある事を考えていた。
 
学校で翔との接し方って、夏休み前の感じに
戻した方がいいのか?或いは、夏休みと同じ?
深く考えるほどのことでもないが、
何となく、その疑問が頭の中に浮かんだ。
 
考えがまとまらないまま登校すると、
まだ翔は来ていなかった。と、その時、
同級生の一人が声をかけてきた。
 
「裕奈、翔君との動画見たよ!
めちゃくちゃ、面白い!いいよ、あれ。
裕奈って演技力高いんだね、知らなかった。
ビジネスカップルっていう設定も最高。」
 
斜め前の席の同級生が楽しく話しかけてきた。
そして横にいた女子も話に加わった。
 
「あ、私も見たよ。本当に、面白い。まさか
自分のクラスにYouTuberが誕生するとは!
どの動画も面白いけど、
企画って、2人で考えているの?」

私は、企画は全部、翔が考えてると答えると、
2人は少し驚き、そして盛り上がっていた。
ちょうどその時、翔が教室に入ってきた。
2人は、翔のほうに向かって言った。

「お、名プロデューサーが、来たよ!   
ねえ、翔あんな才能あるなんて知らなかった。
それに裕奈が華があって演技がうまいから、
名コンビだね。」
 
それを聞いた翔が嬉しそうに「そうだろう」と
自慢気に返した。その後も盛り上がった。

正直、高校に入って私がこういった輪の中で
中心になることはなかった。それが、今、
みんなの輪の中で翔とともに中心にいる。
翔が拓いてくれた、新しい世界だった。
 
クラスメイトの中に2人の関係を揶揄する人は
いなかった。勿論、内心ではどう思ってるか、
わらかないが、皆、応援してくれていた。
なので、登校時に考えていた小さな疑問は、
必然的に解消された。
 
私は、教室でも翔と居る時間が長くなった。
また、そこにはクラスメイトの輪ができた。
学校という場所で私が長らく味わってない、
楽しい空気に包まれたまま放課後になった。
今日は始業式なので、午前中で終わりだった。
 
そして自然と、翔と2人で帰ることになった。
帰りながらクラスメートが応援してくれてる
ことについて2人で喜びあった。それは
チャンネルを続けるモチベーションになった。

その盛り上がりもあって、本当は最寄り駅に
着いてから、翔ともっと話したいと思ったが、
今日は翔が早く帰らなければならない用事が
あったので、改札を出たところで別れた。
 
翔と別れた私が、バス停に向かっていると、
横から私の名前を呼ぶ声がした。と同時に、
2人の女性が、私の前に立ちはだかった。
美咲と七海だった。

美咲「おい、裕奈。見たよ、お前の動画。
なにYouTuber気取りで陰キャ卒業のつもり?
ウケル」

幸せな気持ちを一瞬にして消し去られた。
今、最も会いたくない人間だった。
 
私は相手にせず、2人の横を通り過ぎたが、
しつこく、後ろからついてきて話かけてくる。
感情を消して2人の声を聞かないようにした。
と、その時、聞き覚えのある声がした。
 
翔「おい、お前ら、何か用か?」
改札で別れたはずの翔が、戻ってきてくれた。
私は、翔の後ろに回りこみ、身を隠した。
両手で、翔の右腕を握っている。
 
翔「お前ら警察に突き出してやろうか!
二度と近づくな、俺たちに」 

そう言って、今まで見たことがないような、
怖い目で、美咲と七海を睨みつけている。
その圧力に押されたかのように美咲と七海は、
何かブツブツ言って、その場を去っていった。
 
2人が遠くに離れていったのを確かめてから、
翔は、私の方に振り返った。
その表情は私が知っている優しさに溢れた
いつもの翔の表情に戻っていた。
 
その笑顔を見て、抑えてたものが溢れるように
涙がこぼれた。

そして、翔の胸に顔をうずめた。
 
(第48話 終わり) 次回9/17(火)投稿予定

★過去の投稿は、こちらのリンクから↓
https://note.com/cofc/n/n50223731fda0

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