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小説『闇に堕ちにて、空に溶けゆく』11/5(火) 【第70話 満月に堕ちにて、寛裕に溶けゆく】

病室を出てスマホを見るとLINE通知があった。
翔からだった。最寄り駅で待ってるね、と。

「もうすぐで、翔に会える」

病院から駅に向かうバスで、睡魔に襲われた。
幸い終点だったので運転手が起こしてくれた。
催眠療法の影響のようだ。前回も、そうだが、
受けた日は、暫くフワフワした状態が続く。
 
電車に乗り換え、どうしようか迷ったのだが、
ほとんど空席なのに、立っているのも
違和感があると思い、車両の一番端の席に
座った。

寝過ごすといけないので、アラームをかけた。
そして、その通りにアラームで起こされた。
ふと、車窓を見ると見知らぬ光景だった。
 
車内アナウンスが告げたのは、
最寄り駅の次の駅だった。
スマホに保存していた到着時刻の一覧の
スクショを見た。

どうも一段見間違え、次の駅の到着時刻に
合わせ、アラームをかけてしまったらしい。

そしてマナーモードで気付かなかったのだが、
翔からの着信が、何度かあった。
私は次の駅で降りてすぐ、翔に電話をした。
 
裕奈「もしもし、ごめん。寝て乗り過ごした。
今、戻っているところ。ごめんね」
翔「大丈夫だよ。だけど、櫻井、大丈夫か?   
なんか体調悪いんじゃない?」

裕奈「大丈夫、疲れてるのかもしれないけど、
平気だよ。あ、電車が来たから、一旦切るね。
ごめんね、もうちょっとで行けるから」
私は電話を切った。
 
最寄り駅で降りて、改札まで小走りで行くと、
翔が手を振っていた。翔は怒ることなどなく、
むしろ私の体調のことを心配してくれていた。
駅から、翔の家まで、歩いて移動した。
 
翔と二人っきりで、こんなに近くに居る事が、
昨日までよりも、幸せなことだと感じるのは、
恐らく、自分の決断がもたらしたものだろう。
そんな温かい気持ちに包まれ、
今、私は、翔の部屋に居る。
 
翔と打合せをする予定だったが、
まだ頭の中がボーっとしているので、
少し、休ませてほしいと言った。

そして、私は翔に返事をする余地を与えずに、
自分の頭を、翔の肩に寄りかからせた。
そして翔の温もりを感じて、目を閉じた。
 
翔を慌てさせてやろうという気持ちだったが、
まだ頭がボーっとしていたことと、
翔の温もりが心地よくて、
本当に寝てしまっていた。

ふと目が覚めると、私は小さなソファの上で、
毛布を掛けられて、横になっていた。

翔の姿はない。部屋を出て、1階に降りると、
翔の母が居た。翔の行方を尋ねると、
母は笑いながら言った。
 
母「私が、部屋にお茶持って行ったら、
翔が真っ赤な顔で固まったままで、
裕奈ちゃんに肩を貸していて、
それ見たら、おかしくて。

それで、翔に『あんたがそんなガチガチだと、
裕奈ちゃん眠りにくいよ。
母さん、毛布と枕を持ってくるから、
裕奈ちゃんに、それをかけてあげて、
ゆっくり寝かせてあげなさい。
とても残念だろうけど、
あなたは、一旦抜けなさい』って言ったのよ。

その後、よっぽど、体が熱かったみたいで、
『外歩いて、冷ましてくる』って言ったまま、
どこか行ったの。もう、おかしくて」
 
翔らしい、と思った反面、折角、
家に来たのに寝てしまって怒ってないかなぁ?
と少し不安になった。翔の母に
「私も少し外に出てきます」と言って、
外に出た。
 
翔がどこに行っているは当然わからないので、
明確に探しに出たというわけではない。
ただ、偶然でも会えたらいい、とは思ってた。

あとはかなりよくなったが、
まだ頭がボーっとしていたので、
本当に、頭を冷やしたかった。
そんな私と、入れ違いで翔が
家に戻った事は、知らなかった。
 
翔「ただいま、あれ?櫻井はどこか行った?」
母「うん、よくわからないけど、外に行った。
てっきり翔に会いに行ったのかと思ってた」
翔はスマホを見たが裕奈から連絡はなかった。
翔は首を傾げながら、自分の部屋に戻った。
 
ソファにあった毛布は、綺麗に畳まれていた。
毛布を片付けるため持ち上げると黒いカードが落ちた。

翔が拾い上げて、見ると
「クレストムーンクリニック」と書いてある。
スタンプカードに、なっているが、
3つスタンプが押してあった。
そのうちの一つは今日の日付が書かれていた。
 
今日、裕奈の様子が、おかしかった気がする、
そう言えば以前もボーッとしてる事があった。
あれはいつだったか?
確か裕奈が学校を休んだ次の日だった。

自分のLINE履歴で日付を確認し、
目の前にある2個目スタンプの日付の翌日だと
わかった。翔は嫌な予感がした。
 
机のパソコンで「クレストムーンクリニック」
を検索した。その口コミを見て、愕然とした。
もう一度、上着を羽織り走って玄関に降りた。
そして、母親に向かって言った。

翔「母さん、ごめん、裕奈を探してくるわ!」
翔は自分でも気づいてないが、
はじめて下の名前で呼んだ。
 
そんなやり取りがあった事を知る由もなく
裕奈が翔の家に向かって歩いていた。
この辺りをうろつけば、翔に会えるかも、
という想いもあったのだが、
そんなにうまくいくわけもなかった。
 
翔の家に帰り、玄関にまだ翔の靴がないことに
気づいた。「まだ帰ってないんだ」と思った。
翔の母に尋ねたら、一度、帰ってきたのだが、
私を探すと慌てて出たと聞いた。
すぐに電話をするが、翔は出ない。
 
電話をかけながら翔の部屋に上がると、
机で翔のスマホがマナーモードで震えている。

と、その横に、黒いカードを見つけた。
それは、私がソファに落としたと思われる、
「クレストムーンクリニック」のカードだった

そして横にあるパソコンの画面が
開いたままになっていた。
そこには翔が検索したと思われる
「クレストムーンクリニック」の口コミが
表示されていた。それを見て、私は察した。

翔は、ここに向かっているに違いない。
私は急いで階段を駆け下りて、再び外に出た。
洋館に向かう、私の視界に満月が見えていた。

 
クレストムーンクリニックがある洋館に着くと
扉の前で人影が見えた。

私は「翔」と声をかけようと思ったが、
人影は1つではなくて、2つ見える。
恐る恐る、距離を詰めると、
向こうも、こちらに気づいた。

私は一旦、進むのをやめたのだが、
向こうから声をかけてきた。
 
拓也「晴香か?」聞き覚えのある名前だった。
私は咄嗟に言った。「違います。」
 
拓也「すみません。驚かせてしまったようで。
実は、私の知人がここに来たのではないかと、
探しに来たんですが。もしかして、あなたも、
どなたかを探しに来たのですか?」
裕奈「はい。あのー、もしかして、
そちらの、もう1人の方もそうですか?」
 
隆「そうなんです。妻を探しにきたんですが。
私、ここに何回か通った事があったのですが、
どうも妻がそれを知り、ここの口コミを見て、
ここに来てる可能性が高いと思ったんです」

私は驚いた。目の前にいる2人とは、
まったく面識はないのだが、
ここに来た理由や経緯が、
まったく同じだった。

そんな、困惑する私たち3人を見下ろすのは、
左半分の下弦の半月だった。
翔の家を出た時に見たのは、満月だったような
記憶があるが定かではない。

それはまるで夜空に漂う邪気を吸い取って
闇に侵食された満月の成れの果てにも思えた。
 
(第三章『満月に堕ちにて、寛裕に溶けゆく』 終わり)

次回11/7(木)は、第三章を振り返るコラムになります。
小説、第四章『闇に堕ちにて、茉莉花の香りに溶けゆく』は11/16(土) 71話「光さす部屋に見えたものは」から再開予定
★過去の投稿は、こちらのリンクから↓

https://note.com/cofc/n/n50223731fda0

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