小説『闇に堕ちにて、空に溶けゆく』5/21(火)【第5話 小さな心の変化】
2日連続で立ち寄ったイタリア料理店で、
昨夜から、今朝にかけての出来事を
思い出していた。
そして、パスタを口に運んだ。
今朝、顔をあわせて以来、今日は晴香と
言葉を交わすことはなかった。
朝一番、声を掛けてきた晴香は、
どことなく、普段より親密な感じがした。
一夜をともにしたことで、
自分に接近しようとしているのか?
などと考えたが、どうやら杞憂だったようだ。
その後見る晴香は、昨日までと
なんら変わった素振りはなかった。
昨晩のことが病院に知れたら?とも思った。
しかし、お互いが独身だから
問題にはならないだろうとも考えていた。
ならばなぜ、今晩もこの店に、
私は足を運んだのだろうか?
晴香に口止めをしたかったのだろうか?
いや2日連続でこの店で
晴香に会える可能性は極めて低い。
だとしたら、なぜ?
そんな自身への問いかけへの答えは、
自分でもよくわからない。
小さな心の変化についてゆっくりと考えたい、
それぐらいしかなかった。
一時間弱で食事を終え、店を出た。
そして帰りに昨晩来たコンビニに立ち寄った。
ガス料金の支払いをするためだった。
今のマンションに対し、大きな不満はないが、
強いてあげるとすれば、ガス料金が
口座引き落としに対応していないことだ。
毎月、コンビニで支払わなければならいのは、
意外と手間だ。
とは言え、支払い期限は、まだ少し先だから、
今日でなくてもよかった。
今日、コンビニを訪れたのは、
心のどこかで、晴香に会えるかもしれない
という思いだったのかもしれないが、
その思いは、現実にはならなかった。
コンビニからの帰り、スマホを見ていた。
特段、知りたいことがあった
わけではないが、ルーチンで眺めている。
マンションの下で鍵をさして、
オートロックの自動ドアをあけた。
エレベータに向かい歩き出す時にも、
ずっとスマホを見て、下を向いていた。
その時、声がした。
晴香「あー、辻本先生、そのまま、そのまま!
手がふさがっているので、
自動ドア開けておいてくださーい」
顔をあげるとごみ袋を手に持った晴香がいた。
エレベータから、小走りで向かってきている。
このマンションの外にあるゴミ庫に
向かって、晴香が小走りで通り過ぎた。
そのとき、晴香は明るい声で言った。
晴香「辻本先生、ありがとうございます。
助かりました。あ、お帰りなさーい」
拓也「た、ただいま、、、」
晴香の勢いに押されて、
この言葉を返すのが、精一杯だった。
ゴミを出したら、晴香は戻ってくる
はずだが、上階に向かった。
エレベーター前で待ってるのも
おかしな話だと思ったからだ。
自室でシャワーを浴びたあと
冷蔵庫から、缶ビールを取り出した。
ソファに座り、ビールを飲んだ。
カーテンは開けっ放しにし、
夜空を見てるが、月は見えない。
今日も昨晩と同じ上限の月だから、
この時間は既に西の空に沈んでる。
昨晩のことを思い出すと、
心が宙に浮いている感覚に陥る。
他人を自分の部屋にあげたのは、
一体いつぶりだろうかと考えてみた。
恐らく6年前に、ここに引っ越したとき
以来だっただろう。
どうして、晴香を、ここに招きいれたのか?
と自分に問いかけるが、
晴香との夕食の時間が心地よかったせいで、
しばらく誰かと居たいという気持ちが
芽生えたのだろうと思った。
そして次の自らへの問いは
晴香に女性としての好意があったのか?
これについては、答えは出せなかった。
全く女性として見ていなかった、
ということはないだろう。そうでなければ、
身体を重ねたりはしない。
ただ、それが自分さえも気づいていなかった、
好意によるものか?
それとも、単なる欲求だったのか?
その答えは、あの時の自分に
聞いてみなければわからない、と思った。
ただ今の自分の中での晴香に対する
気持ちは、明らかにこれまでとは違う。
この宙に浮いているような感覚は
フワフワして居心地は悪くなかった。
昼はどことなくモヤモヤする
感覚があったが、今はそれが消えている。
それは、マンションの下で
晴香の明るい声と、笑顔を見たからだろう。
そんな思いを抱きながら、眠りに落ちた。
そして、窓からの陽射しで、眠りが解けた。
その週は、再び、仕事に忙殺された。
そして、週の最後の金曜日は疲れていたのか、
23時前には眠りについた。
土曜日は1週間ぶりの非番なので、
アラームもかけなかった。
洗顔と着替えを済ませてコンビニに向かった。
朝食のパンを調達するためだった。
コンビニの自動ドアが開き
レジカウンターに、晴香の姿を見つけた。
(第5話 終わり)次回は5/23(木)投稿予定
★過去の投稿は、こちらのリンクから↓
https://note.com/cofc/n/n50223731fda0
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