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小説『闇に堕ちにて、空に溶けゆく』7/23(火) 【第29話 Turnaround】

火曜日は防音ブースを借り、練習をする日だ。
この日は演奏動画を撮ってみようと思った。
 
何かで見たのだが、演奏を上達させるために、
自分の動画を撮って、客観的に見たほうがいい
というのを見たからだ。

演奏曲は、Take5だ。長い曲なので、
繰り返し部分などは飛ばした。
 
今後、何度か、演奏動画を撮るだろうと思い、
スマホのストレージ容量のことも考えた上で、
自分のYouTubeチャンネルを作り
そこに動画をアップすることにした。
昨日、色々苦労しながらチャンネルは作った。
 
初めて撮影した動画をチャンネルにアップし、
聴き返してみると、リズムの甘さがわかった。

この曲は3拍子+2拍子の変拍子、
と捉えるのがわかりやすいが、
2拍子部分が"走ってる"とわかった
 
仕事をしていた時は、自分のチャンネルを
作ることがあるとは思っていなかった。
人に見せるために動画を録るつもりはないが、
こういった使い方もあると、素直に感心した。
 
次の日、朝起きるとYouTubeの通知が来てた。
動画にコメントが投稿されたと書かれている。
 
通知をタップすると、昨日上げた演奏動画に、
コメントが書き込まれてた。
設定が一般公開になっていたことに気づいた。
しまったと思いながらも、コメントを見た。
 
「とてもかっこいいです。素敵な演奏ですね」
という短い内容だった。
 
幸いにして、自分の顔は映っていないのだが、
人様に見せるような、演奏ではなかったので、
恥ずかしいと思うとともに、嬉しくもあった。
 
コメント投稿者のアイコンは若い男女だった。
興味本位に、アイコンをクリックしてみると、
「ユナショウ」というチャンネルの所有者で、
多くの動画が投稿されており、
登録者は2万人だった。
 
それが多いのかどうかは私にはわからないが、
外に発信するためにチャンネルを使っている、
いわゆるYouTuberだということはわかった。
そして余計に恥ずかしくなり限定公開にした。
 
ただ、コメントは、素直に嬉しかったので、
「ありがとうございます。まだ練習中です。」
と短いコメントを返した。
 
この日は、病院に行く日だった。
洗濯を手早く済ませてから、病院に行った。
手にはケースに入れたサックスを持っている。
勿論、病院で演奏するわけではない。
 
最近は、問診の時間がだいぶ短くなっており、
診察のあと、1時間くらい、
練習できるだろうと思ったからだ。

昨日、自分の演奏動画を見て、改善すべき点、
その改善方法のイメージがあった。
イメージが鮮明なうちに楽器に触れたほうが
いいと考えたからだ。

診察室に入ると先生は真っ先に
私のサックスに気づき、その話題になった。

先生は、「吹いてみてもらえませんか?」と、
半分は社交辞令で言った。
 
ただ、サックスに限らず管楽器というものは、
一般の人が思っている以上に大きな音が出る。
病院では、吹けないので、その旨を伝えると、
先生は、今度、チャンネルに動画をあげたら、
教えて下さい、と言った。
 
治療のためということもあるが、ここでは、
包み隠さず、あったことを話している。
 短い“問診”が終わり、先生が言った。

「佐藤さん、かなり改善されてると思います。
たぶん、打ち込むことができたのが
よかったんでしょうね。

ただ、まだ眠りの浅い日があり、
頭痛もあるようなので通院は必要なんですが、
次回からは、隔週で大丈夫ですよ。

良い方向に向かっていると思います。
たしか、今週娘さんも戻られるんですよね?」
 
先生には伝えていたのだが、
今週末、娘の直子が、福岡から戻ってくる。

昨年、結婚した、直子のお腹には
4か月の赤ちゃんがいる。
いわゆる、里帰り出産のために戻ってくる。
 
まだ里帰りのタイミングとしては少し早いが、
直子の夫が1か月の海外出張に行く事になり、
身重の直子を一人残すのは不安ということで、
早めに、東京に帰らせてもらえないか?
という申し出は、直子の夫からであった。

先生が言うように、直子の帰省は、
私と洋子の関係にも、良い方に働くと
漠然と思っていた。

 
病院から、散歩がてら少しだけ回り道をして、
駅前の防音ブースに行った。

動画を撮るという事は自分が思っている以上に
効果があった。改善点が見つかるだけでなく、
「画」として、運指などもとらえているので、
オクターブキーを押すのが、手間取ったなど、
動きの改善点も把握できるからだ。
 
吹奏楽部時代に、こんな練習法方法をすれば、
もっとうまくなっただろうなと思った。
練習を終えスマホを見ると、
洋子からLINEが来ているのに気づいた。

 
「直子が、こっちに戻ってくるのが、
金曜日になりました。
直子がいつもの焼肉屋さんに、行きたいって
言ってるんだけど、都合はどう?」
 
私は、そのLINEに、返した。
「大丈夫だよ、金曜日の夕方だな。
予定しておく」
 
予定しておくというほど、他の予定はない。
正直、病院と練習ぐらいだ。
夕方の時間帯は、毎日例外なく空いている。
 
(第29話 終わり)次回は7/25(木)投稿予定

★過去の投稿は、こちらのリンクから↓
https://note.com/cofc/n/n50223731fda0

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