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小説『闇に堕ちにて、空に溶けゆく』7/9(火) 【第23話 Conflict】

洋子が仕事に戻っていくと、私には洗濯物を
たたむ以外のイベントはなくなってしまう。
そのため、午後は散歩をすることが多い。
 
ビジネスの世界でバリバリやっていた頃は
「散歩しながら、ゆっくりと、過ごす午後」
というシーンに“理想郷”的なものさえ感じた。

しかし、それは、それ以外の部分においての
モチベーションがあってこそだと、今は思う。
 
散歩に出て風景を見ても、見ず知らずの店に
フラッと入っても感情の揺さぶりは全くない。

結局、辿り着くのは近所にある、
コンビニか、書店に落ち着く
 
そこで、暇潰しとして立ち読みをしていると
男性向けの料理雑誌に惹かれた。

特段、料理に対し興味があった訳ではないが
家にいる事が多い今、唯一料理が
“未開”の領域だからだろう
 
そして何より、興味喚起した大きな動機は
「洋子を、喜ばせたい」という事だったのを
この時は気づいていないことが、悔やまれる。
 
毎朝洋子が慌ただしく昼食を作っているのを
代わりにやるイメージを抱いてみたとしても、
掃除や洗濯ほど簡単なものではなかった。
 
実家を出てから洋子と同棲するまでの6年、
一人暮らしをしていたので、
掃除や洗濯は、流儀”は違えど経験はあるが、
料理については全くやらなかった。
 
広告代理店というのは非常に不規則な仕事だ。
もっとわかりやすく言えば、ブラックだ。

仕事で疲れ果てて、帰宅してから
料理をするという気力は起きず、
基本、出来合いのもを買っていたからだ。

そういった経緯から私が導きだした答えは、
一度、洋子にバレないように試作をしてみて
可能性を探るということだった。
 
私は、その“Xデー”を翌週の木曜日に定めた。
別にいつでもよかったが、近くのスーパーの
特売日が木曜日ということだけが理由だ。

何を作ろうか?と考えるのは、今思い返すと
定年退職後で、一番楽しい時間だった。
 
ネットで色々探した結果、和風で肉じゃがか、
洋風でタンドリーチキンという2択になった。
その2択から工程の少なさという理由により、
一旦、タンドリーチキンに決めた。

ただタンドリーチキンと言っても、
簡易的なレシピでオーブンで調理するものだ。
 
木曜日、洋子との昼食を終え仕事に戻った後、
キッチンに立ち作戦を実行した。
作戦は入念に準備され、前日に仕込む必要が
あった鶏肉は冷蔵庫の奥で身を潜めている。
 
フライパンを火にかけ、冷蔵庫から下準備した
鶏肉を取り出してから焼いた。
そして焼き目がついたところで取り出し、
オーブンに入れた。

段取りが悪かったので結局1時間かかったが、
食べてみると美味しかった。
「よし、これならいける!」、と思った。

と同時に行程の多さから、
一旦は落選していた「肉じゃが」も
いけるのでは?と思った。

正直タンドリーチキンは
「とってつけた」感が否めないと思ってた。
あとは、洋子はどちらかと言えば
和食系が好きだったからだ。
 
試作の食材は跡形もなく“証拠隠滅”された。
中には少量しか使ってない調味料もあったが、
一大イベントを遂行するためにネタバレを
しないためにも、容赦なく廃棄した。
 
そしてこの日の試作を経て、作戦決行日を
次週の木曜日の昼食に決めた。

更に試作はしてなかったが、メニューを
急遽、肉じゃがに決めた。
 
勝手な思い込みから、肉じゃがも
前日からの仕込みが必要と思ってたが、
レシピを見るとそんな必要はないとわかった。
 
木曜日、洋子が仕事に出かけてすぐに、
近所のスーパーで食材を調達した。
帰宅してすぐに料理の準備をはじめた。
それに集中するため洗濯は後回しにした。

調理を始め最初のうちは味見をしていたが、
洋子の昼休みまでの残り時間が、少ない事を
認識してからは、試作時のタンドリーチキンを
過信して、味見もせず目分量で作り切った。
 
完成して数分後、玄関でドアが開く音がして、
聞きなれた声が聴こえた。

洋子「ただいま。ごめん、遅くなって」
私は洋子を言いくるめ、
ダイニングテーブルに座らせた。
その時、洋子があることに気づき私に尋ねた。

洋子「あれ?洗濯物は?」 
私は、その言葉ではじめて干していない
ことに気づいたが、それに構わず言った。
 
隆「それはいいから、
昼ごはんを作ってみた、食べてみて」
洋子は事態を掴めていないため
私の言葉に関係ない懸念が口をついて出た。
 
洋子「え??今日のお昼は、
焼きそばを準備してあったんだけど」

私は自分が作ることに集中し過ぎて、洋子に
「今日は昼食を作らなくてもいい」という事を
伝えていないことに気づいた。
とは言え些細なことだろうとも思っていた。
 
その思い込みから、言葉を続けた。
隆「それはいいから、さあ、食べてみてよ」

訝しがりながらも、洋子は、私の言葉通りに
肉じゃがを箸ではさみ口に運んだ。
肉じゃがを食べた洋子が一呼吸置いてから
口にしたのは料理の感想ではなかった。

洋子「あなた、肉じゃがを作ってくれた
ことには本当に感謝する。でも、
そういう予定なら事前に言ってくれない?

それがわかれば、昼食を準備する必要ないし
その時間使って、私が洗濯物干すから。

あと、台所を使うのは、全然、構わないけど
後片付けしてとまでは言わないから、
せめて使ったものは水につけておいてほしい。

それから、たぶん先週もフライパンを
使ったと思うんだけど、
金タワシで洗うと傷つくから。

もしそのへんのことがわからないならば、
水につけておいて。私やるから」
 
洋子から出た、立て続けの言葉を聞いたあと
私から衝動的な言葉が口をついてしまった。

根底にあったのは自分の不甲斐なさだったが
その時、私の心の中に洋子の気遣いがない、
という自分勝手な思いに誤変換されていた。
 
隆「せっかく作ったのに、
そんな言い方をすることはないだろう?」
 
今になればわかるが、この言葉は自分の拙い
プライドによる自己防衛でしかなかった。
 
(第23話 終わり)次回は7/11(木)投稿予定

★過去の投稿は、こちらのリンクから↓
https://note.com/cofc/n/n50223731fda0

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