小説『闇に堕ちにて、空に溶けゆく』8/3(土) 【第34話 Producer】
帰宅すると、既に直子が洗濯物を入れていた。
そしてキッチンに立ち夕食の準備をしている。
私は、洗濯物の礼を言ってから、ソファに
腰をおろした。直子が話かけてくる。
直子「お父さん、サックス、だいぶ上達した?
ところで、お母さんにプレゼントする曲って、
決めているの?」
隆「曲は決めてる。Fly me to the moon
って曲だ。有名な曲だから、
聞いたことあるだろ?
もう、だいぶ前から、曲の練習はしてるけど、
なかなか、ハリのある高音が鳴らなくてね。
だけど今日、レンタルブースの店員さんに、
勧められたリードを使ったら、良い音が出た。
ついでに店員から一緒にユニットやらないか?
って誘われたんだよ」
直子は、リードって一体、何?という質問や、
どんなユニット?等の質問を矢継ぎ早にした。
私は一つ一つに、順に答えた。
そして直子は、言葉を続けた。
直子「すごーい、お父さん、かっこいいね!
是非、やりなよ。あ、そうそう、そういえば、
お父さんが好きなGrooveってユニットだけど、
来月の第三日曜日に、ライブをやるらしいよ。
確か、場所は飯田橋?まだ予約できるみたい」
直子が言っている時に、玄関が開く音がした。
洋子が帰宅したようだ。いつもより早い。
手を洗って、リビングに来た洋子は言った。
洋子「ただいま。あ、直子、ありがとう。」
直子は、洋子の帰宅が早い理由を聞いた。
洋子「ほら、このあいだ、法定点検があった、
翌日の土曜日に半日だけ出勤したじゃない、
その時の分の時間調整しなくちゃならなくて、
で、今日、2時間早く帰らせてもらった。」
洋子の言葉に頷きながら直子が話題を変えた。
直子「あ、そうだ。この前、お父さんが好きな
Groove、お母さんも好きって言ってたでしょ?
生で演奏見る機会があったら、
行ってみたいと言ってたじゃない?」
私は直子が半ば強引な力業で仕掛けてきたと
思った。ただ洋子も特に不審がってはいない。
洋子「生演奏、そういうの行った事ないなあ。
どんな感じなんだろう? ライブハウスって、
なんか怖いイメージあるし」
洋子の反応を見るかぎり、興味があることは、
間違いなさそうだ。
直子「そのライブはライブハウスじゃなくて、
普段はレストランとして営業している場所で、
やるみたいだよ。ほら」
そう言って、直子はスマホを洋子に見せた。
洋子は答えた。
洋子「本当だね、落ち着いた感じのお店ね?
これなら立ち上がってノラなくてもよさそう」
洋子の答えに、直子は笑いながら言った。
「お母さんの中にあるライブのイメージって、
どんなのよ。じゃあ、私、チケットを買って、
2人にプレゼントしようかな?
ここにしばらく住ませてもらってるお礼に。
それに、この日、2人が出かけて居ないなら、
友達とオンライン飲み会しようかなあ。
前から話があったのよ。
ほら、大学卒業してから、
皆、離れ離れになったから。
一度、オンライン飲み会しようって
言ってたの。
あ、飲み会って言っても、私はアルコールを、
飲んだりはしないから、安心して」
直子の作戦は、巧みだった。
洋子は、「そうね、一度生演奏を聞いてみたい
とは思ってたの。」と、乗り気になっている。
そこから、直子は私にGrooveのどこが好きか?
という話題を振った。
そこから、夕食の時間を通して、
音楽の話が、続くことになった。
食事が終わり、入浴をして、
それぞれが自分の部屋に戻った。
直子のおかげで、大きな進展があった。
今日を振り返り、心の中の躍動感を感じた。
今なら、自分のことを変えれるかもしれない
と思った。ここで立ち止まってはダメだと、
思えた。
こんな気持ちの時にこそ、通院日があったら、
先生から、自分が前に進むためのアドバイスを
もらえたのに、と思った。
ただ、通院は二週間も先だ。
もしこれが、症状が悪化したということなら、
予約外でも病院に行くが、回復しているのに、
多忙だろう、先生の時間をとろうと思うほど、
自分は厚かましくはない。
そんな時、今日立ち寄ったカフェのレジから、
持ち帰った無料のタウン誌が目に留まった。
タウン誌と行っても見開き5ページぐらいで、
大半は、このあたりの店のクーポンだ。
今日、二度もこの店に立ち寄ったこともあり、
2回目の会計時に店員から、そのタウン誌に、
カフェのクーポンも、載ってるという理由で、
もらったものだ。
このカフェはレンタルブースからも近いので、
これからも利用しようと思い、持ち帰った。
何気なく、そのタウン誌を開いて見ていると、
クーポン下の広告欄に「弦月催眠療法医院」と
書かれた一角に目が留まった。
初回限定の割引クーポンもある。
そこに地図も載せられてて、
徒歩で行ける場所だった。
ふと、手元のスマホで、催眠療法を検索した。
ページを開き、見てみると、思っていたほど、
怪しいものでもなさそうだ。
鬱病の身体的な症状の一つが不眠症だから、
単純に催眠というのは悪くはないだろう、
と短絡的に思った。
何か、自分の背中を押してもらうきっかけが
欲しかったのと、時間は十分あり、興味本位で
行ってみようかという考えに及んだ。
害はないだろうし、余りに怪しそうだったら、
やめればいいと、軽く考えていた。
(第34話 終わり)次回は8/6(火)投稿予定
★過去の投稿は、こちらのリンクから↓
https://note.com/cofc/n/n50223731fda0
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