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小説『闇に堕ちにて、空に溶けゆく』10/31(木) 【第68話 混迷】

皆での楽しい時間はあっという間に終わった。
片付けを終え、お風呂から出て部屋に戻ると、
どうしても、東京?山形?という
選択の答えを出そうとして思考の沼に陥る。
 
答えを出す決定打はない。
詰まるところ母が、より望むのは
「母」としての余生か、
それとも「妻」としての余生か、
という事に落ち着く。
この問いは自分以外の価値観の話だ。
 
とは言え本人に聞いても、
答えが出るわけではないとも思った。
その2つの立場は、きっと、
本人の中でも切り分けができないからだ。

結局は娘として、母にどんな余生を
送ってもらいたいか?という
考えを示さなければならないのが
この問いの意味合いという答えに辿り着いた。
論点は整理されたが、答えは出ていない。

 
火曜日には父がモロッコに一旦戻ったので、
広い家に一人だけになった。
一人になると答えを出すための
混迷を極める思考が頭の中で繰り返される。
 
家だけでなく、通学中や学校に居るときも、
ふとしたきっかけで思考の深い沼にはまる。
ある日、翔と下校している時も、
電車の中で、思考の沼にはまった。
翔が心配そうに言った。

翔「櫻井、大丈夫か?なんか最近疲れてる?
そうやって考え込むことが増えた気がする」 私は、現実に戻った。

裕奈「あ、ごめん。大丈夫よ。
どうやったら胸が大きくなるかを
考えていたのよ」
私は茶化したが、翔は言った。
 
翔「櫻井、無理してふざけなくてもいいよ。
色々大変だと思うから。
俺が力になれることあったら、
遠慮なく言ってな。
櫻井は大切なパートナーだからさ」
 
翔にしては思い切って言ったと思った。
ただビジネスパートナーとも受けとれる
言い方が草食動物くんらしいと思った。

私は茶化さず、素直にありがとうと言った。
 
そんな混迷の日々が1か月ほど続いた。


そんな中、ある水曜は、私は学校を休んだ。
毎週水曜日の放課後は、母に面会に行って、
洗濯物の受け取りと着替えを渡していたのだ。

が、その週は病院のエレベーター改修の関係で
午後の面会時間がいつもより早い。
15時には終わってしまうので学校を休んだ。
早退でもよかったのだが。
 
病院には13時頃に行こうと思っているので、
午前中は時間がある。
また、あの難しい選択について考えている。
まさに混迷の状況だ。

考え過ぎて気が滅入ってきた。
考えないようにしようと思ってるが、
そう思っている時点で既に考えてる。
頭を真っ白にしたいと思った。
 
出口が見えない中、何気なく部屋を見渡すと、
クレストムーンクリニックの黒色のカードが、
目に入った。

今まで2回行って、効果があるかは疑問だが、
害がないことはわかった。
 
これまでの診療後、フワフワした
感覚になったのを思い出した。
頭の中を真っ白にしたい今、
ちょうどいいかもしれない。
私はそう思い、行ってみることにした。
 

母の着替えを入れた紙袋を持って家を出た。
目的の洋館に着き、中に入ると、
前と同じく、誰もいない。

奥に声をかけると若い女性医師が出てきた。
いつも通りのアンケートを書いて手渡すと、
すぐに診察室に通された。
 
今日は前にもましてすぐに意識が遠のいてく。
そして前回同様、遠くから声が聞こえてきた。
 
「もう終わりにしよう、こんなこと終わりに
しよう。人の心なんて思い通りにはならない」

前回までと違い概念論のような内容が
聞こえてきた。ただ何故かわからないが、
これまでより人の「意思」のようなものを
感じた。

若い女性医師の「お疲れ様でした」の声で、
意識が一気に現実に戻った。
フワフワした感覚は前回と同じか、
あるいは、それ以上だった。
 

洋館を出て母の病院に向かっているのだが、
あまりはっきり覚えていない。
電車の窓から外を見ると、
学校の最寄り駅の近くだった。

ふと、腕時計をみると昼休みの時間だった。
頭がフワフワしているせいか、
理性の制御が効かずある事が頭に浮かんだ。
「翔の声が聞きたい」
 
そう思った時には、既に電話をかけていた。
着信音が1回鳴っただけで、翔が出た。

翔「もしもし、どうした?なんかあったか?」 
裕奈「なんか、翔の声が聴きたいと思ったの」

翔「ありがとう、大丈夫か?なんかあったの?
今、どこにいる?」

裕奈「お母さんの病院に向かう電車の中だよ。
ちょうど学校の近くを通ったから、
なんだか翔の声が聴きたくなって」

翔「そうか、、櫻井さ、今日、
お母さんの病院終わったら駅で待ってるから、
うちに来いよ」
裕奈「うん、ありがとう。じゃあ、切るね」
 
まだ頭がボーっとしているせいで
自分の行動がよくわかっていない。
ただ、今日も翔と会えるという事実が、
私の心の中で温かいものとして捉えられた。
 
(第68話 終わり) 次回11/2(土)投稿予定

★過去の投稿は、こちらのリンクから↓
https://note.com/cofc/n/n50223731fda0


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