小説『闇に堕ちにて、空に溶けゆく』11/16(土) 【第71話 光さす部屋に見えたものは】
裕奈は2人と、互いの事情を説明しあったが、
拓也、隆、裕奈、3人とも、
妻や、恋人を探しに来ていた。
そして隆だけでなく、拓也も裕奈と同じような
経緯で、その人がここにいるはずだと考えて、
ここに来たという事まで、一緒だった。
3人をここに集めたのは、偶然か、運命かは、
わからないが、目的は一致した。
過去にここを受診した事があるのも同じで、
口コミを見て、ここの怪しさに気づいたのも
同じだ。
口コミには「ここを頻繁に利用していた知人が
精神崩壊を起こしてしまった。
その後、その人は行方不明になったが、
探しだすと、自らこの洋館の奥まった場所に、
囚われていた」と書かれてあった。
勿論この口コミを全て信用するわけでないが、
このクリニックを受診していたことは事実で、
その事と口コミを結び付けて、妻や恋人達が、
心配になることは不思議ではない。
だからと言って、ここに来るという選択肢を
取ることが、余り一般的とは思わないのだが、
3組とも紆余曲折を経て、
2人の心が近づいてきた矢先だったことは、
冷静な判断を鈍らせた要因だと思う。
来てみたものの、探している相手が
ここに居るという確証はない。
そして不法侵入してまで、この館に侵入するか
と聞かれたならば、縦に首は振らないだろう。
とその時、拓也の声がした。
拓也「建物のあちらの角から、
少し光が漏れてますね。
恐らく角を曲がった面には窓があり、
そこは灯りがついてるんじゃないでしょうか。
この館の住人が居れば、何か、
話を聞けるかもしれません。」
拓也はそう言うと、灯りの方に歩き出した。
裕奈と隆も、拓也に続いた。
建物の角を曲がると建物の外側に、
地下に続く階段があった。
その階段を降りきった所には、扉があるが、
その扉に降りる中腹辺りにある窓から
光が漏れているようだ。
拓也は臆することなく、階段を降りていった。
そして窓から中を覗き見下ろすと、
予想しない光景が目に入った。拓也は叫んだ。
拓也「晴香!」
その声に驚いた隆と、裕奈も中を見た。
裕奈は言葉にならない声を上げた。
中には2人の女性と1人の男性が椅子に座り、
縛りつけられていた。女性2人のうち1人は、
どこかで会った記憶がある。
一方男性の顔は、しっかりわかった。
翔だった。
裕奈の声と、ほぼ同時に隆が
「洋子!」と声をあげた。
他の2人のリアクションから、
椅子に縛られてるのは、
3人が探してる相手だった。
最初に声をあげた拓也は「くそっ!」と吐き、
何かに取りつかれたように、階段を降りて
ドアを開けようとした。だが鍵がかかってた。
とは言え古い扉だったため強い力で押せば、
ぐらつく。拓也は力任せにドアを蹴破った。
拓也が、再び「晴香!」と声を上げた直後、
「近づくな」という女性の声の後、
何か割れる音がした、と同時に、
部屋は暗闇に包まれた。
三人は、先程窓から見た配置の記憶を頼りに、
手探りで、愛する人が囚われてる部屋まで、
辿り着いた。
暗闇に、完全に視界を奪われて、自分たちが、部屋の中のどの部分に居るかはわからない。
と、その時、再び女性の声で、
「それ以上、近づくな!」と聞こえた。
3人とも確信はないが、その声には聞き覚えが
あった。このクリニックの医師を務めている
あの若い女性だと思った。
声を手懸かりに、正面に女性が居ると感じた。
そして恐らく、自分たちが探していた人達も、
同じ方向にいると思われる。
窓から中を覗いたときには、
椅子に縛られてた3人の姿は見えたものの、
若い女性医師の姿は見えなかった。
なので恐らく、3人の背後に、
その若い女性医師がいるだろうと、予想した。
隆が叫んだ「洋子、洋子は無事か?」
その声に被せるように、若い女性が言った。
「それ以上、喋るな!」
その声の後ろで低い呻き声がずっと聞こえる。
呻き声というより、うなり声に近い。
そして、その声が大きくなった後、
ほんの一呼吸おき、言葉になった。
「莉子。この3人を、これ以上近づけるな」
それを聞き、若い女性は驚きの声をあげた。
莉子「沙亜羅が、喋った、、、、」
少しの沈黙の後、若い女性が再び口を開いた。
莉子「言われなくても、わかってるわ!
あなたは黙っていて!」
若い女性医師の名前が「莉子」ということが、
わかったが、それ以外の事は、
何もわからないままだ。
沈黙の暗闇の世界は自分を音に敏感にさせた。
裕奈は気づいてなかったが、この3人の中で、
自分が、莉子に一番近い場所にいるようだ。
さっきから、拓也の呼吸が横から聞こえる。
隆の呼吸は聞こえてないが、ドアを蹴破って、
中に入った順番から推測すると、
恐らく一番、後ろにいると思われる。
暗闇と沈黙が、部屋を支配する時間が続いた。
と、その時、闇を切り裂くように
莉子の声が聞こえた「もうこんなこと
終わらせなきゃいけないに決まっている!」
思っていたよりも、低い声が響き渡った瞬間、
何かがぶつかった音と、莉子ではない少女の、
低い呻き声が部屋中に響いた。
そして間髪を入れず、振動波のようなものが、
体と顔にぶちあたったのを感じた。
自分に不思議な力などないことは明らかで、
特別、勘がいいわけでもない。しかし、
自分の体に当たったのが血しぶきだと思った。
そして血しぶきの主は先ほどから低い呻き声を
あげている人間のものだと感じた。
本当に、人間かはわからないが。
拓也が、何か言ったのは聞こえた。
ただ意味はわからない。外から中に入ると、
外の世界と、この部屋は同じような暗闇と
思っていたが、この漆黒に包まれた部屋から、
外を見ると、月光の分だけ外の方が明るいのが
わかった。
衝撃波が、先ほど外から覗いていたガラスを
割ったようだ。窓ガラスが割れたため、
徐々に月光が、部屋に伸びつつある。
それにより影というかたちで、少しずつだが、
各々の姿が浮かびあがってきた。
部屋の一番奥から外の世界の方に向いてる、
莉子の目に、最も鮮明に映っていた。
莉子は浮かび上がる人の姿が
過去のある光景と重なって見えた。
小学校の頃、颯太と友達が蔑みの目で、
自分を嘲っていた時の姿だ。
(第71話 終わり) 次回11/19(火)投稿予定
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