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2月2日(日)《「闇に堕ちにて、空に溶けゆく」短編続編》 『月虹』第6話「藍月」

《第6話 登場人物紹介》
伊藤 裕理  (裕奈の異母姉妹を名乗る女性)  
櫻井 裕奈  
佐藤 隆
(元広告代理店勤務)  
辻本 拓也(静岡病院外科医) 
金森 悠馬(仕事では佐々木姓を使用、
ソイソイコーポレーションの担当部長の
肩書きを持つ酪農家)  
白熊木(シロクマキ) 治(ホテルソイーズリゾート代表、元ソイソイコーポレーション常務)
独田 添朗(ホテルソイーズリゾート副代表、
元ソイソイコーポレーション執行役員)

(第6話 藍月)

佐藤隆は、谷川家での楽しい宴があった
4日後に、池袋のホテルソイーズにいた。
あの翌日、早速、龍神に連絡をとり、
白熊木との面会をとりはからってもらった。
相手は、事業の責任者ということで、
さすがに資料ぐらいは準備することにした。
 
広告代理店に勤めていた隆にとって、
これくらいの資料作りは大したことではない、
ただ予想外だったのは、久々に動かした
プリンターの機嫌が悪かったことだ。
 
昨日、ほぼ一日、悪戦苦闘して、
何とかプリントアウトできた。
約束の11時の、15分前には、
池袋ホテルソイーズ1階のラウンジに
腰を下ろしていた。
 
約束の時間の5分前、体格の良い男が
眼鏡をかけた部下と思われる男性とともに
ラウンジ入口に姿を現した。
恐らく、あの男性が、白熊木だろう。
ラウンジの受付で、アポイントの旨は、
伝えてたので、迷うことなく近づいてきた
 
白熊木
「佐藤さん、お待たせし申し訳ありません。
当ホテルの責任者をしております、
白熊木治と申します。
こちらは、部下の独田です。
いやぁ、龍神からの、ご紹介ということで
驚きました、、、、、
龍神って、実在してたんですね。
てっきり、空想の生き物だと思ってました。
だって、昨日、九州で見たと思ったら、
今度は、北海道に現れたりしますから
はははは。」
 
独田「ちょっと、白熊木さん、怒られますよ。
佐藤さん、すみません、この人、ちょっと、
頭がおかしいんで、気にしないでください」
 
隆は、想像していた人物とかなり違うと思った
これから話す内容が、説明しやすい相手か、
それとも説明しにくい相手かもわからない。
今まで、あまり会ったことがないタイプの
人間だ。
 
とは言え、別に仕事の商談ではないので、
気持ちは、楽だ。
私は、封筒から資料を出しながら、
口を開いた。
隆「実は、今回、お願いがあり伺いました。
半年後、こちらをお借りして披露宴をあげる
櫻井裕奈さんに関することです。」
隆は、慌てることなく説明をはじめた。
 
ちょうどその頃、辻本拓也は病院の昼休みに
山形の病院の知り合いに電話をしていた。
拓也「すまんが、頼める相手がお前しかいない
連絡先がわかったら、俺の素性や、
連絡先は、伝えてもらって問題ないから」
 
そして同じくして、金森悠馬も、
北海道の事務所から電話をしていた。
「私、北海道で酪農をしております、
金森と申します。
そちらで同じく酪農をしている高木さんの
ご紹介でご連絡をさせて頂きました。
実は、お願いがあるのですが、
この時期、もう遅いことは
重々承知の上ですが、
もし、・・・・・・・」
 
月の会のメンバーたちが、
何か始めようとしているようだった。
 
そして池袋では、隆の説明が一通り、
終わった。
聞き終わった白熊木は、
ゆっくりと目を開け、口を開いた。
 
「面白い!是非、やりましょう!
よし、独田、その日、全員の予定を抑えろ。
カツタさんに、龍神さん、あと、紗英ちゃん、
それから古城麦はマストだからな。」
 
独田
「いや、古城麦さん、
今、アメリカ事業の責任者ですよ、
さすがに無理でしょう。」
白熊木
「いや、あいつは絶対に来るって。
まあ、今回の件に、古城麦だけ、
直接の接点はないように思うが、
そんなものは、後から作ればいい!」
独田
「いや、めちゃくちゃ言いますね。
ところで、もう一人、居ませんでした?」
白熊木
「え?いる?だってあの時のメンバーだろ、
龍神さん、カツタさん、俺、独田、
紗英ちゃん、古城麦、、、、、
それで全部だろ?」
独田
「なんか、『む』がつく人、
居ませんでしたっけ?」
白熊木
「あー、武藤さんとか、居たかもな?
まあ、思い出せないから、
いわば、チョイ役的なキャラだろう。
いいよ、ほっておこう。
 
しかし、今から、楽しみだ。
佐藤さん、ご安心ください。
ホテルの営業は、そっちのけで、
その日は、わが社として、
佐藤さんの企画に協力します」
 
隆「いや、そこまで、して頂かなくても」
隆が思っていたよりも、説明しやすい
相手だった。
 
 
そんな月の会のメンバーたちの
不穏な動きを知る由もなく、
ちょうどその頃、裕奈は、
職場でCADに向かっていた。
 
建築科を専攻した裕奈は、
建築デザイナーの卵として、
荻窪の建築事務所に勤務していた。
 
その日、裕奈はiPodで、
音楽を聴きながらPCに向かっていた。
いつもより仕事がはかどっている気がする。
 
実は、あの日聞いた、
星空サーカスの曲が頭から離れず、
凛に無理を言って
発売前の音源をもらった。
 
凛からは、
口コミで広げてもらうのは大歓迎だけど、
絶対に、SNSやネットに、
音源をあげたりしないこと、
また、他の誰かに録音されないように、
と釘をさされた。
 
しかし、その時、同時に変なことも聞いた。
隆からも同じように音源を頼まれたのと、
できれば、各パーツ、別々の音源も
欲しいと言われたそうだ。
裕奈は、音楽に詳しくないので、
その意図など想像もつかなかった。
 
裕奈が仕事に没頭していたところ、
デスクの電話が鳴った。
出ると、受付からだった。
 
まだ、デザイナーの卵である裕奈に、
来客などあるわけがない。
間違いではないかと、聞き返しが、
来訪者の名前を聞いて、
間違いでないことを理解した。
 
裕奈は、仕事の手を止め、受付に向かった。
 
1階に降り、受付の従業員に声をかけた
「あ、あちらの、伊藤裕理さまが、
櫻井さんにお会いしたいということでした」
 
そういって手を伸ばした先に、
1カ月前、山形で会った裕理の姿があった。
裕理も、私に気付き、軽く会釈をした。
私は、裕理に近づき、挨拶をして、
隣にあるカフェに行くことを提案したら、
裕理は頷いて、それに応じた。
 
カフェに入ると、奥まったところにある
ボックス席を案内された。
周りに邪魔されることがないので、
いい席だと思った。

店員に注文をし、それを復唱して、
店員が立ち去るのを待ち、
裕奈から、口を開いた。
 
裕奈
「どうしたんですか?裕理さん、
それに萌奈ちゃんんは?」
裕理
「あなたに、話しておきたいことがあって。
それに萌奈は、お母さんと旅行に、
行ってるの。ちょうどいいと思って」
 
裕奈は、裕理が何か仕掛けてくるのか?
という予想もあった。
ただ、翔や、月の会メンバー、
そして翔の家族の意見を聞いて、
裕奈の気持ちや考えを、しっかり受け止め
見極めようという思いは固まっていたので
慌てることはなかった。
 
そういった気持ちがあるからかもしれないが
どちらかと言うと、裕理の方が、
緊張しているように見えた。
 
そんな裕理が口を開いた。
「私ね、物心ついた時から父親が、
居なかった。
それによって、辛いことがたくさんあった。
だから、自分の子供には、
絶対に、同じ思いをさせないと思ってたの。
 
高校中退で、学歴のない私は
水商売で生計を立てるしかなくて、
そこで会った人に惹かれた。
 
私、真剣に、この人は、
私のことを捨てた父親とは違う種類の人だと
思っていた。でも、それは違った。
 
萌奈が、お腹にいるってわかった日から、
連絡がとれなくなった。
結局、萌奈を自分と同じ境遇にしてしまった。
 
そんな劣等感に苛まれ、
出口なんて見えない世界で生きてきたの。
 
私には何を追い求めていくのか?
なんて思考は、一切なかった。
誰が、こんな状況に私を追いやったのか?
という答えを探すだけの思考だった。
 
それは、私だけじゃない。
私の母が、常にそうだった。

そして、その先には、
今度は私が、その人を追いやっていく、
そんな出口しか存在しなかったの」
 
ここまで聞いた裕奈は、翔たちの助言を踏まえ
しっかりと裕理の気持ちを受けて止めていた。
受け止めたのは、裕理が味わってきた
挫折と苦しみだった。
 
ただ受け止めた先にある選択肢は、
決して、裕理が語るようなものだけではない、
と思っていた。
裕理はその矛先を父や、私たちに
向けているのだろう。
 
ただ、今、ここでそれを言うのは、やめた。
もう少し、裕理の話を聞こうと思った。
そんな、気持ちが伝わったわけでは、
ないだろうが、裕理は話を続けた。
 
「そんなある日、母が病気で亡くなった。
死に際に、私に何を言ったと思う?」
私は、その問いに、敢えて反応しなかった。
裕理も、返答に期待したわけではなく、
話を続けた。
 
「母はこう言ったの。
『私をこんな境遇に追いやったのはあの男、
そして、こんな境遇で生まれたあなたが、
幸せになんてなれるわけがない。
だから、あなたを、こんな境遇に、
追いやったのも、結局、あの男なのよ。
裕理、あなたは、あの男の家族を見つけ
その人生を無茶苦茶にしなさい、
それが、あなたが背負った運命なのよ』
だって。
 
私、実の母に、
ただの復讐の道具としての存在価値しかない
と言われたのも同然よ」
 
ここまで聞いて、私は、さすがに口を挟んだ
「ねえ、聞いて、裕理さん。
人それぞれに生きる価値は絶対にあるの。
でも結局、その価値を見つけられるのは、
自分自身しかないの。
 
だから、あなたが、お母さんに言われた事を
そのまま鵜呑みにするのではなく、
自分で見つけなきゃいけないのよ。
 
そのために助けが必要なら、
私、出来る限りのことはする。
どうして、2回しか会ってない私が、
そんなこと言うのかと不思議かもしれないけど
私のお母さん、あなたを「家族」だと言った、
だったら、私の家族でもあるのよ」
 
その言葉を聞いた裕理の顔は、紅潮していた。
それは、どんな感情の表れかは、
わからなかった。

そして、次に、裕理の口から出た言葉に、
私は言葉を失った。
 
「あなたのお父さんも、同じこと言ってたわ」

裕理は、お父さんに会ったことがあった。
それは、いつ?そして、どうして?
いくら思考を巡らしても、私の中に、
答えがあるはずはなかった。
 
2人の間を沈黙が流れた後、
再び口を開いたのは裕理だった。
 
「母が死に際に復讐を命じた相手は、
櫻井誠という男性だった」
 
ここまでの話を聞き、
私が予想していた名前と違う名前だった。

それは、父の兄、
私から見て、叔父にあたる人物だった。
ただ、私が生まれる前に亡くなっていたので
どんな人物かは知らない。

(第6話 終わり)

次回投稿は明日、2/3(月)です
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