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4杯目 コーヒーフロート・ブランデーがけ

今宵も、お酒にまつわるくだらないけど愛おしいよもやま話をひとつ。

人でも、ものでも、土地でも、“縁“というものは、いつどのように結ばれるのかわからない。
はるか昔からの約束のようなものかもしれないし、出会い頭に起きた事故のようなものなのかもしれないし、実は“縁“というもの自体、まぼろしなのかもしれない。
ただ出会いというものがあるだけ。

わたしは、神奈川県に9年前に引っ越してきた。

はじめは進学にともなって、実家から埼玉に出てきた。
就活の時期になると、友だちも近くにいるからと、あまり深く考えずそのまま埼玉で就職した。
6年勤めた病院は、辛いのだけれども何が辛いのかはっきりと言語化することが難しいし、自分ではどうすることもできない。
何だかなぁな感じに陥り転職を試みた。
そのまま、埼玉県で転職先をみつけたかったのだが、どうもピンとくる職場が見つからず、転職サイトの検索のエリアを関東まで広げた。

すると、気になるところが1件。
早速電話をしてみると、正職員の募集は終了し、週2、3日のパートの募集はしているとのことだった。
「すみません。わたしは一人暮らしをしているので、パートでは生活が難しいと思いました。ごめんなさい。」
と、すぐ断った。
しかし、その職場のやっていることにとても興味があったので、見学だけでもさせてほしい、どんなことをしているのかお話だけでも伺いたいとお願いしてみた。
すると先方は、わたしがとある資格を持っていると知り、
「パートでも、正職員並みの頻度にしますよ。」
と、あやしい提案をしてきた。
だって、いきなり求人の条件が都合よく変わることがあるのだろうか?
あやすしぎる…
「とりあえず見学だけさせてください。」
警戒するわたし。
「では、履歴書も持ってきてください。」
乗り気の先方。

………。
かくかくしかじかありまして、晴れてわたしはそこの職員になった。
誰も知り合いのいない神奈川へ、身ひとつで引っ越してくることになる。
大学の友だちは、いきなりの引っ越しに、たいそうびっくりしていた。
そんなんで、あまりパッとしない住宅街に住みつくことになる。
各駅しか停まらなくて、駅の周りには妖しげなお店がちょいちょい立ち並ぶ、B級なニオイが漂う街。

仕事のために引っ越してきたから、この街で知り合いや友だちなんてできないと思っていた。
でもわたしの予想を裏切って、いろんな人とつながることができた。
わたしは自分のことを根無草だと思っていたから、ほんとうにありがたい。
近所にある喫茶店もそのひとつだ。


とある夏の日、近所を散歩していたら、この街に似つかわしくない、すごく洒落た店が視界の端に入った。
「…???」
数メートル通り過ぎてから、思わず振り返った。
戻って確認すると、なんとこのパッとしない街に雑貨と喫茶の店ができていたのだ!
しかもすごくおしゃれな。
早速店に入ってみる。
どうしてこんな街に開店したのか不思議でしょうがない。
質問してみると、いろいろな物件を探して、自分たちの条件に合うところがたまたまここだったということ、それはたくさんの地元のお客さんに聞かれたということを店主が教えてくれた。

すぐさま、当時ピアノを習っていた先生に「近所にすっごくおしゃれな店ができましたよ!」と鼻息荒めに教える。
先生もその店が気に入ったようで、その後ちょくちょく足を運んでいたようだった。

とある日。わたしが店でコーヒーを飲んでいると、入口から先生が入ってくる。
「あ!先生〜」と、声をかけると、お店の人は、「え!?知り合い??」とびっくりしていた。
そこから、そのお店のご夫婦、ピアノの先生家族、わたしの、謎のコミュニティができ、タイミングが合えば、忘年会をしたり、宅飲みをすることになるのである。
共通点は、全員、縁もゆかりもないこの街に、ふわふわと落下傘のように流れ着いてきたこと。
流れ着いたもの同士が、程々の距離を保って寄せ集まる、ゆるやかなつながり。

これは、うちで宅飲みをした時に、ピアノの先生の息子さんがお庭で摘んでプレゼントしてくれたお花。折り紙でリボンも作ってくれて、ホントかわいい!

さて、だいぶまわり道をしてしまったが、そこの店のわたしの一押しメニューが今日の一杯。
タイトルにもなっている、コーヒーフロート・ブランデーがけである。

もし、暑い日にこの店に来ることがあったら、ぜひ注文してほしい。
もちろん、コーヒーフロートだけの注文もできるし、それだけでも十分おいしいのだが、そこにブランデーをかけると、アイスの冷たさでブランデーが凍ってシャリシャリとする食感がたまらない。
そして、溶けたバニラの甘み、コーヒーの苦味、そしてブランデーの香りが一体となって醸し出す、なんとも甘美な世界を味わってほしい。(甘美なんてことば、使い慣れないんだけど、やはり、“甘美“ということばがピッタリだと思う)
それを飲めば、日々のちょっとした疲れは吹っ飛んじゃうんだから。

ある日、わたしがコーヒーフロートを注文すると、「ブランデー付きね!」と自動的にブランデーが付いてくるようになった。
わたしがお酒好きということが、しっかりとバレている。
時々、コーヒーフロートのみにすると、「え?どうしたの?」と心配され、「この後銭湯に行くから、今日はいらないの!」と、ちょっとプンスカしてみるものの、やっぱりブランデーがないと、何か物足りないのである。

店の喫茶コーナーに入ってすぐの、細長い1人がけのテーブル。
そこがわたしの指定席だ。
その席に座って、1人でぼーっとコーヒーを飲む。
店が空いている時は、夫婦とおしゃべりするのもたのしい。

わたしはきっとこれからも、この店に幾度となく通うことだろう。
そして、知り合いや友だちなんかできるわけないと思い込んでいたあの日のわたしに、「大丈夫。いろんな人と知り合って、けっこうおもしろおかしく生活してるよ!」と、こころの中で話しかけるのだ。


この熊は、こう見えて日本酒なんですよ。

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