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二人だけの銀河旅行
クリスタルのイヤリングにイルミネーションが反射する。
ターミナル駅のコンコースにはこれから旅に向かう人や見送る人、旅から帰って来た人や出迎える人で賑やかだ。
コンコースの中央、ドーム型の天井に向かってそびえ立つ大きなクリスマスツリー。
今年はシャンパンゴールドのイルミネーションライトが飾り付けられている。
派手な色味のイルミネーションよりシンプルで好きだなぁと思う。
事実、ゴールドで統一されたツリーはシンプルゆえに品良くまとめられていてかえってゴージャスに見える。
しばらく見とれているとイルミネーションの向こうから彼が手を上げて歩いてくるのが見えた。
三カ月ぶりかしら。
お互いに忙しい日々になかなか会えずにいたが今年は仕事納めが早まり丁度クリスマスが今年の最終営業日だった。
私の方は納会など丁寧にお断りして早々に退社をしてきたが彼は大丈夫だっただろうか・・。
「大丈夫だよ。」
シンプルな答えだが日々忙しい彼のことだ。
今夜のために色々と頑張ってくれたことがよく分かる。
「いつもありがとう」
彼の目を見てちゃんと伝える。
「何が?」
照れたようにはにかみながら彼がおどける。
二人とも嬉しくなって自然に抱き合う。
「駅にいるとなんだか列車に乗りたくならない?」
ふとした提案に
「良いよ!乗ろう!」
私の手を取り改札口を抜ける。
「どこへ行くの?」
「どこでも良いさ。明日から休みなんだし。」
二人で好きな数字を出し合ってジャンケンで勝った方の数字の番線に来た列車に乗る。
飛び乗った列車が駅を滑り出し街明かりが流れ出す。
街をそぞろ歩くカップル達が見える。
こんな夜はディナーを食べてイルミネーションを見に行くのだろうか?
でも私にとってはどこへ行こうと彼と二人ならそれで良かった。
普段会えないからこそ何も要らない。
二人一緒に過ごせる時間が最高のプレゼントだ。
列車は思いのほか空いていて二人の他に二組、家族連れと出張帰りと思われる人がいるだけでほぼプライベート空間と言っても良かった。
寛いだ雰囲気に自然に手をつないだ。
列車はゆっくりと街並みを抜け進む。
心地良い揺れを感じながら彼の肩に頭を預け微睡んでいるとふと列車が浮いたような気がした。
丁度飛行機が離陸したときのような浮遊感を感じる。
慌てて彼にしがみつく。
何が起こったのかとふたりで窓の外を覗いた。
窓の外は真っ暗で街明かりも何も見えない。
二人で顔を見合わせもう一度窓の外を見る。すると微かに視界の下の方が明るい。
恐る恐る下を見ると遥か下界に街明かりが連なっている。
列車が空を飛んでいる。
状況が理解できず彼の顔を見る。
彼も同じらしく二人で顔を見合わせたまましばらく時間が過ぎる。
でもつないだ手のおかげか不思議と怖さは感じない。すると窓の外がフワッと明るくなった。
目の前にオリオン座が広がる。
プラチナ色の輝きに目を奪われる。
星は石色をしているものだとばかり思っていたがこれほど輝くものなのかと驚く。
列車はオリオン座の四角の中をすり抜けペテルギウスを目指している。
いつも地上から見上げている星座が目の前に広がる。
ペテルギウスを横切りどうやら次にプロキオンへ向かっているらしい。
「冬の大三角形」だ。
星座の距離は何万光年あるのだろう?
でも今はひとっ飛びだ。
銀河の波間をサーフィンして列車は加速度を上げて走る。
宇宙は何もない寂しい空間が広がっているだけだと思っていた。
けれどこうして二人でいれば何も淋しい事なんてない。
たとえ普段なかなか会えずに離れていてもこうして束の間でも一緒にいられるだけで心はいつもしっかり結ばれている。
だから何も怖くない。
こんな広大な銀河でさえこれだけ近いのだ。
だからお互いを想っていれば物理的な距離などひとっ飛びで超えられる。
そんな優しい気持ちと自信を持てた。
そんなことを思っているうちに列車は最終目的地「シリウス」へと到着する。
窓の外の天の川を眺めながら彼が言う。
「俺たち宇宙にいるんだなぁ。でも宇宙空間って空気がないんじゃないの?」
彼の現実的な一言に当たり前の事を思い出す。
「空気がない?!」
焦って振り向いた私の唇を彼の唇が優しく覆った。
「ガタン!」
大きな振動とともに目が覚めた。
窓の外を見ると月明かりに照らされた穏やかな雪原が広がっている。
夢を見ていたのか・・。
でも隣にあるぬくもりは夢じゃない。
「すっかり眠り込んでいたね。あまりにも気持ち良さそうな寝顔だったから起こさなかったよ」と彼が言う。
「夢を見ていたわ。素敵な夢だった」
「どんな夢だったの?」彼が聞く。
「あなたと銀河旅行をしたの。星座を旅して・・」
彼に今見た夢を話して聞かせる。
夢のつづきはどんなだったろう。
でも気にならない。
だって今もこうして二人で続きを作っているのだから。
千本ノック 20/1000