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全ては雨のせい

稲光りが青白く光る蜘蛛の糸を空に張り巡らす。

「もうすぐ止むかしら」

誰も居ない寂れた商店街
閉まっている店先の軒下で雨宿りしながら
携帯の天気アプリを取り出そうとしたとき

「ドカンッ!!」

と地響きにも似た大きな音を立てて稲妻が落ちた。
その音に合わせて男の人が私のいる軒下へ駆け込んできたさっきの落雷に驚いて軒の奥へ入っていた私の前にその男性が背中を向けて立っている。

白い半袖シャツを素肌に着ているのか雨で濡れて背中が透けている。
雨足がさっきより少しでも強くなってハネを避けようと男性が奥へ入ってきた。

一瞬男性の正面が見えた。
30代くらいだろうか?
しかしチューリップハットを目深に被っているため顔はハッキリと見えない。
しかし雨足を避ける仕草やこんな空模様にも慌てない様子から大人の男性という印象だ。

男性の方も振り向いた瞬間に私の存在に気が付いたようで一瞬動きが止まったがすぐにまた雨が激しく降り続く外へ身体の向きを戻した。

さっきチラッと見えた男性の印象が脳に焼きいている。

外の雨足を気にしながらその男性を盗み見た。

透けているシャツにいやでも目が引きつけられる。

白いシャツのせいか痩せて見えたが以外にも筋肉がついて肩甲骨から肩先にかけて筋肉が少し盛り上がっている。
しかし腰の辺りは下に何も無いようにシャツの布地がヒラヒラと余っている。

細マッチョと言うのだろうか。
高校野球の男子部員が思い浮かんだ。
運動でもしているのかしら。
なめるように頭の先からつま先まで眺めていてふと男性が手に何かを持っていることに気がついた。

手には表紙を剥いでむき出しになった文庫本を持っていた。雨でふやけてページが膨らんでいる。タイトルが気になったがそこまでは見えない。
表紙も付けず裸で文庫本を読んでいるのはやはり運動部で小説好きという両面を持ち合わせているのでは?と想像させた。

本のタイトルをなんとか見ようと凝視していると自然に男性の手に目が行った。ゴツゴツしていそうだが指が長く大きそうな手だ。

そのまま視線を上に上げていく。

夏の陽射しにほどよく日焼けを重ねた腕が雨の雫をまとって白いシャツの袖口からのびている。

体毛はほぼ無く滑らかな絹を思わせる肌質が見てとれた。

相手がこちらに背中を向けていることを良いことにためらいもなくその姿を細部に至るまで眺めている自分に気がついた。

まだ雨は止みそうもない。

雨音に包まれ空から降り続く水のカーテンを見上げているとまるで催眠術にかかったように気持ちが穏やかになってゆく。

雨に誘われるように軒先まで出ていた。
無意識に男性のすぐ隣に立つ。
軒先のテントに溜まった水の塊がその重みに耐えかねてテントの端から勢い良く地面に流れ落ちる。
激しく地面にたたきつけられ水しぶきが上がる。ハネを避けようととっさに身動ぎした男性の体が私の体に触れた。

さっきまで視覚で感知していた男性が触覚を刺激する。

嫌な気はしなかった。

男性も若い男の子のように咄嗟に身を引いたり照れ笑いで誤魔化すようなことはしなかった。

男性の二の腕と私のノースリーブの肩先が触れあったまま動かない。

一瞬男性が身体を離そうとした気配が感じられたが
私の「嫌な気がしない」気持ちを察したように触れ合ったままに身を委ねた。

雨の音が激しくなった気がした。

軒先まで出て来ていたせいか私の着ているブラウスもすっかり濡れそぼって肌に張り付いている。

横なぐりの激しい雨に雨宿りのための軒もすっかりその役を果たしていない。

触れあっている肌の熱さに心が駆り立てられて男性の横顔を見上げた。

チューリップハットもすっかり濡れてゆるくカールした濃い黒髪の毛先に水滴を滴らせている。
その奥に伏し目がちな瞳が何かに耐えるように一点を見つめたまま動かない。

私は吸い寄せられるようにその横顔に見入っている。

すると自然に気づいた男性がゆっくりと瞳の端で私をとらえる。

目と目が合いそうになった瞬間今までで一番大きな雷が落ち大きな雷鳴と閃光が辺りを包んだ。

咄嗟に男性の背中に腕を回ししがみついた。

男性は私の体を支えるように私の肩に手を置いた。そしてしばらく間を置いて何かを確認したかのように肩に置いていた手を徐々に滑らせ、そして私の背中を抱いた

タイミングだった。

急などしゃ降りと雨宿り

たまたま飛び込んできた男

誰も通らない荒天の歩道

透けたシャツ

汗と雨の匂い

触れ合う肌

伝わる体温

走る戦慄

暗黙の確認


もし雨が降らなかったら

もし雨宿りの軒先がなかったら

もしシャツが透けていなければ

もし雨が激しくならなかったら

もし身体が触れなければ

もし男性が少年のように初々しかったら

全てが合致してしまったのだ。

もし後悔したとしても

この雨のせいにすればいい。







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