友情試練
秘密のキスなら完璧に・・。
油断した途端綻びはじめ
全てが明るみに出るのは時間の問題。
夢の夜につい時間を忘れチラッと盗み見た彼の時計が21時を告げようとしていた。食事をしているだけとはいえお互いパートナーがいる身でこれ以上は危険領域。ちょっと早いシンデレラリバティ。
切り上げ時が肝心だ。
ここから走れば21時8分の電車に間に合うはず。
飲みかけのワインがグラスの1/3残って真っ白いクロスの上に薄紫のシルエットを揺らしている。
お会計と言いかけたのを彼が静かに首を振って制する。あまりに有無を言わせぬ雰囲気がそれ以上何か言うのをためらわせた。
ワインの酔いに任せた楽しい会話を楽しむのが二人の常。でも今夜はいつもと少し違った。
じゃあと席を立ちかけた私の腕を突然彼が掴む。
ビックリしたと同時にやっぱりという気持ちも胸をよぎる。
切なさと青い炎に満ちた瞳が私を見つめていた。
怯んだ。私にもわかっている。
むしろ恐れていた瞬間が今まさに訪れている。
今度は私が首を振って彼を制した。
勝負はもう着いている。
彼と同じだけの切なさも青い欲望も私は持ち合わせてはいない。いや、私の想いはもっと別のところにある。
それに、怯んだ時点で答えは出ていた。
なにかを諦めるように彼は静かに掴んだ私の腕を解いた。
「ありがとう」
ひと言告げて私は店を出た。
21時8分の電車には間に合った。
車窓に映る自分の顔を見つめてみる。
若さは少し失われたがそれは仕方がないことだ。
しかし人によっては若さが完全に失われるまえにその特権を出来るだけ行使しようとする人もいる。若さを確認したくて色々な人の上を駆け抜ける人もいる。
それが既婚の人だったりパートナーがいる場合不倫と言うことになる。
幸せなうちなら、第三者に発覚する前ならまだしも一度全てが白日の下にさらされたら事態は一変する。
男は言葉とは裏腹に徹底的に保身に走り「たかが愛人」と不倫相手を切り捨てようとするだろう。
女は砂の城を守るために嘘をつき通すか「あなただけなの」ともう愛のかけらも残ってはいない抜け殻の夫に懇願して許しを請おうとするだろう
不倫とは私にとってそういうものだ。
いざ何かを失いそうになると人は本性を現す。
そんな醜い姿をお互い晒し合うのは私の生き方のシナリオには一行もない。
家に帰ると娘が一人ダイニングテーブルで宿題をやっている。
「しまった。今日は旦那も飲み会と言っていたっけ」
楽しい時間についそんなことも忘れていた。
「ごめんね。ごはん食べた?」聞くと自分で作って食べたという。
「じゃあケーキ食べようか!お茶入れてよ」
娘は「はーい」と言ってキッチンへケトルに水を汲みに行った。
温かい紅茶の味にホッとする。そして娘と向かい合って他愛も無い話をしながらケーキを頬張るこの時間がとても愛おしい。
何より今夜、大切な友達を一時の欲望で失わなくて良かったと心から思った。
彼はどうだろう。今まで通り大切な友達でいてくれるだろうか・・。
大丈夫。
そんな安い付き合いをしてきたつもりはない。たとえそれが私の勝手な自惚れだとしても。
セックスを超越しない限り男女の友情は成り立たないのではないだろうか。人間である以上男女の間には欲望という壁が立ちはだかるからだ。でも私はそんなに簡単に彼との友情を失いたくはない。不倫に堕ちるのは簡単かもしれないが欲望を越えるのは思っているより険しい。
むしろこの状況を超越したら本当に強固な友情が生まれる。
私はそう確信していた。
千本ノック 11/1000
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