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遺さなくていいもの

「二人で写真を撮りたい」

一緒にディナーを食べながらワガママを言った。

最近ちょっとしたことで不安になる。
目の前に確かに幸せがあるのにどこか頼りなく
指の間をスルリとすり抜けて行ってしまうのでは無いかと気持ちがザワつく。

たった今幸せと感じていても明日何が起こるか分からない。
来週もまた逢えるとわかっていても
「電話するよ」というようなちょっとした約束でも確約が欲しい。
確かに叶うと保障して欲しい。

だから何度も約束を聞き返す。
輝いた季節を引き留めたくて今を写真にでも閉じ込めたくなる。

そんな私を見るあなたの目が一瞬冷えきったガラス玉のように光を無くしそのまま視線を逸らせた。

「写真は撮らないの?」

一瞬顔を出した本心を誤魔化すようにあなたが聞く。
変わらないものなどない。
私は以前のように情熱を持って人を愛する自信を無くし、あなたにすがるような生き方しか出来ないつまらない女に成り下がってしまった。

あなたはそんな私を優しげな眼差しで見つめてはいるけれど今となってはそれはただの同情でしかない。

変わってしまった。

やはり確証などないのだ。
だから幸せな瞬間を写真におさめても何の意味も無い。
全てが崩れ去った後そんなものが遺っていたらかえって忘れられなくなる。

「やっぱり写真、撮らなくていいわ」

そう言って私は席を立った。

千本ノック   10/1000

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