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閉鎖的ではいられない。移住政策と教育改革で実現する持続可能な地域のありかたとは|コエルワ×教育長


わたしたち㈱コエルワは、北海道の人口数千人~三万人のまちを舞台に教育を主軸として活動しています。この『コエルワ×教育長』シリーズでは、北海道の地方自治体が「教育」をキーワードに、どのような課題や危機感に直面し、それぞれの取り組みをしているのか、そしてそれぞれの教育長が町や子どもたちに抱く願いを、代表・阿曽沼が伺います。

第1弾となる今回のゲストは、上士幌町教育長 小堀雄二(こぼり・ゆうじ)さん。上士幌町は移住・定住対策や子育て支援に積極的に取り組み、2016年には人口がV字回復したとして注目を集めました。また、弊社が提供する長期休暇支援事業「まなび場」を最初に導入した町でもあり、事業実施回数は今年の夏で7回に上ります。「教育」もまちづくりのコンセプトとする上士幌町の教育長とともに、これからの地域社会における教育の在り方を考えていきます。


コエルワと上士幌町のこれまで

阿曽沼陽登(以下、阿曽沼):本日はどうぞよろしくお願いします。

上士幌町とは2021年から「まなびの広場事業」でご一緒させていただき、現在13拠点に広がっている「まなび場事業」の原点は、上士幌でつくられたんだ、と大学生たちにも伝えています。
上士幌町とはこの事業のみならず、高校での探究授業のサポートや教育コーディネーターとしての関わりもあり、毎月1回訪問させていただき、まちの様々な教育の取り組みについてディスカッションさせていただいてきました。

2021年に開催した、最初の「まなびの広場」の様子。 コロナ禍でのスタートでした。

小堀教育長をはじめ、上士幌町教育委員会の皆さまには、事業が始まった2021年から大変お世話になっています。どれだけ生意気なことを言っても、いつも受け止めていただいてきました。「おまえはそれでいい」と思ってもらっていると勝手に思ってます。(笑い)

ということで、当社で教育長対談・インタビューなる企画をはじめるにあたって、真っ先に頭に浮かんだのが小堀教育長でした。

互いに”見える”教育を

阿曽沼:早速ですが、上士幌町では2014年に「上士幌町子ども教育ビジョン(※1)」が策定され、その約2年後には「かみしほろ学園(コミュニティスクール)構想」が策定されていました。ここには、どんな背景があったのですか

※1 上士幌町の社会教育目標の達成のために、具体的な”目指す子ども像”を5つ定め、おおむね10年後を見据えた教育環境の整備や施策をまとめた構想

小堀雄二教育長(以下、小堀教育長):ビジョンが策定された当時、僕は小学校の校長をやっていてね。校長として感じていたのが、このままだと上士幌町の子どもの数は減りつづけ、人口が減っていくばかりだということ。町民同士のつながりも薄れてコミュニティも生まれず、地域が衰退していってしまう、この危機感があった。でも、その一方で、町では移住者が増えたり、社会では情報化が進んだりと新しい時代を迎えていた。

そんなときに必要だと考えたのが、学校と地域の関わりだった。

阿曽沼:ちょうど、文部科学省がコミュニティ・スクールの仕組みを整えたのもその頃でしたよね。

小堀教育長:そういう動きも受けて、2015年に1年間かけてコミュニティ・スクールについて議論してね。どこか1つの学校だけでもなく、教育委員会だけでもなく、こども園から高校までに関わる者がみんな一緒に議論を重ねた

上士幌町のような人口5000人規模の町で大事なのはなにか。それは、学校と地域が繋がって、互いに見える形で教育を進めることだと。そしてはじまったのが「かみしほろ学園構想」であり、ビジョンをより具体化し、幼児から高校生まで一貫性のある教育環境づくりと地域総ぐるみで子どもの育ちに関わる仕組みづくり、この2つを基本理念に掲げたんだ。

町の教育に関わる者みんなでこの施策をつくったことで、互いの動きもみえるようになってね。これまで一人でいくつもの役割を持っていた教員は一人一役に絞り込み、横の連携と責任の明確化を図ることができた。このおかげで、先生への負担を軽減させることができたうえ、従来にはなかった学校同士の関わりができるようになったんだ

阿曽沼:「かみしほろ学園構想」の中で、いまおっしゃった学校同士の関わりがあることで、具体的にどのようなメリットがあったのでしょうか。

小堀教育長:例えば上士幌高校の学校祭では、小学生が体験できたり冒険できたりするプログラムを積極的に取り入れてくれた。小学生が来るということは、その親も一緒に来る。地域にどんな高校があるのか、親世代を含めて早いうちから関心が持てる。地域に必要だから高校があるし、小中学生にとっては将来の選択肢だからね。あとは、小学校と中学校、高校でスポーツレク大会をやったり、小学生が高校生のホームルームに参加したり、吹奏楽部で楽器の体験をしたりといった交流。児童・生徒、そしてこども園から高校までの教員が互いに関わり合うことで、町として一貫した教育環境を整備することができた。

かみしほろ学園構想も含めてビジョン策定から10年経ったいま、こども園から高校までの一貫した教育環境が整備されたことと、学校が地域の中での中核組織としてコミュニティの土台になったことが大きな成果だと思う。

町の閉塞感に新しい風

阿曽沼:僕らが北海道の各地域を訪れる中で、やはり人間関係の固定化がひとつの課題としてあるのではないかと感じています。その中で僕らの「まなび場」は新しい人や考え方と出会うきっかけづくりとしても活動しているところではあるのですが、小堀教育長はこの同じ人間関係が続いていくことについてどうお考えですか。

小堀教育長:閉塞感はあると思う。例えば一度テストで赤点をとったらその子は勉強が苦手というクラスでの立ち位置になるとか、そしてそういう集団のなかでの立ち位置があると、新しいことに挑戦するとか、新しい考えや価値観に触れることもなかなか難しい。

そこに一石を投じたのは、10年以上前から町が積極的に取り組んでいる移住定住の政策なんだ。子どもを持った若い親世代が町に移住してくることは、子どもたちの固定した人間関係の中に新しい刺激をうむ。学校に転校生がやってきたり、近所に新しい家族が引っ越してきたり。新しい人間関係から生まれる、新しい自分の発見がある。

阿曽沼:固定化された人間関係の中では、固定化された自分になっていく。新しい人との出会いで、新しい自分と出会えるとはまさに、僕らの事業と共通するところがありますね。

2024年の「まなびの広場」では高校生徒会による企画も。
スタッフや中高生、大人たちも混ざる時間でした。


阿曽沼:外からのつながりという点では、上士幌町では移住政策だけではなく「保育園留学」や「Two-Way留学」などの取り組みもされていますよね。

小堀教育長:昨年度の「保育園留学(※2)」で10組20人ほど、「Two-Way留学(※3)」では3家族9人が延べ128日間の滞在をしてくれた。学校の授業や放課後活動だけではなく、留学生一人ひとりが農作業や酪農体験を通した地域と共生する機会を創っているのだけど、今年度も現在2組の予約が入っている。

※2 1-2週間で家族で地域に滞在、子どもは地域の保育園に通うことができる。株式会社キッチハイクによるもの
※3 町への一時的な移住や二地域居住をする世帯における児童生徒が町の小学校及び中学校への入学ができる留学制度

阿曽沼:上士幌町の町の魅力を生かした取り組みですね。上士幌高校では今年から全国募集(※4)もはじまりますが、こういった地域という場所だからこそできる教育の魅力って、改めてどうお考えになりますか。

※4 2025年から入学者の全国募集を開始

小堀教育長:上士幌高校の全国募集においては、「地域学」の導入など、新しい探究的なプログラムを整備するための地域コーディネーターが必要になってくる。それだけじゃなくて、昨今の不登校の増加も考えて、教育の機会均等や教育を受ける権利の保障も、キーワードになってくると思っている。

上士幌町は熱気球が盛んな町で、今年は51回目のバルーンフェスティバルを迎えた。空を舞台とした産業にも注目している。町の郊外のエリアだと、新聞が届くのも次の日になったり、弁当を届けようとしても遅くなったり、そんなことがあってドローンを使った実験をしている。

本町では田舎でありながら”日本の最先端”を目の当たりにできる魅力がある。そして、移住定住政策や教育的な取り組みで若年世代を含めた多様な世代が町に住むことで生まれる文化もきっとあると思っている。

上士幌高校の全国募集もはじめてね。大学生のインターンや教育実習も積極的に受け入れていて、高校生や大学生も含めて様々な思いを寄せる世代がいろんな世界をみたいときに、いろんな世界を提供できる町になりたいと思っているんだ。

自治体という壁をコエル

阿曽沼:この人口減少社会の中で、移住定住政策や関係人口の創出に取り組まれていますが、とはいえ教育の点において、例えばこれまで通り義務教育をひとつの町で抱えきるということはやはり難しくなってくるのではないかと思っています。そうした現状の中で、地域における教育はどうあるべきと考えていますか。

小堀教育長:北海道外から若い世代が町に来るという教育的な交流もあるし、いまは中学校部活動で上士幌中学校と隣町の士幌中央中学校が種目によって合同で活動している。自治体という壁をこえるのは大変だけど、これも時代の流れと思っている。

阿曽沼:僕らも境界を「コエル」ということは大事にしているのですが、おっしゃったように自治体同士で連携するのは、やはり難しい部分もありますよね。

小堀教育長:去年は士幌中央中学校と上士幌中学校のサッカーの合同チームが全道3位に入賞し喜ばしい成績を残したが、大会出場の宿泊費予算の出し方が町ごとで違うなど整理しなければならない課題も多く見つかった。

自治体が違うということは、当たり前だけどできることとできないことも違う。しかし、子どもには関係がない話で、義務教育においては、少なくとも中体連や中文連においては体験の格差が生じないよう配慮する必要があると考えている。

ここ十勝管内では「十勝はひとつ こどもたちのために」という合言葉がある。部活動連携における予算の課題も、本町だけではなく十勝全体で共有する課題。互いに課題を共有しつつ、この広大な風土を生かした未来づくり、そして一体感のある地域創生をデザインしていきたい。

大きな未来を生きるちからを、小さなこの町だからこそできる教育で

阿曽沼:最後に、これからの10年に向けて地域社会としてどのような姿を目指していくのか、今一度お聞かせいただきたいです。

小堀教育長:地元経済の循環を高めて、外に頼らなくても自分たちでエネルギーや食料を賄うことができる町は強い。子どもたちも含めて、みんなが安心して暮らせる町の在り方を考えていきたい

阿曽沼:たしかに、地域の中でコミュニティを運営できる地域は強い。ですが、これまでお話ししてきた中では、外との繋がりを重視されているように感じていました。この内と外のバランス感覚ってどう感じていますか。

小堀教育長:義務教育は居住する町で受けることが一般的なので、自分の生まれ育った町のことはしっかり学んでほしい。エネルギーのこと、環境のこと、歴史のこと。そうやって自分の町のことを理解し、成長段階で視点を外に当てて、自分の町を見てほしいなと思っている。

現状の、減少する人口に合わせたまちづくりをするためには、発想力や想像力、企画力を持つ人材の育成が必要になってくる。こうした人間力を町の財産から学び、外に出てさらに伸ばしてほしい。

そのためには、子どもたちが文化芸術に触れたり、体験活動をしたり、世界へ目を向けたグローバル対話力も高められるような機会をつくりたい。コエルワの「まなびの広場」も、人と人、都会と田舎、平凡と非凡といった多様な人が集まり「時をつなぐ機会」「新しい景色」として、町にとっての大切な機会になっている。

子ども教育ビジョンを策定してから10年、地方創生の各種施策で町も変わったと思う。目的を持った多様な方々が町にはいり、地域の文化がつくられて、対話と交流のコミュニティも形成された。これからも、小さい町なりにできる大きなチャレンジをしていきたいね。

阿曽沼:ありがとうございました。これまでも小堀教育長とお話しする機会はありましたが、今回は改めて北海道や地域の未来についてお話させていただくことはあまりなかったのでとてもありがたい時間でした。

教育長がお話しされた「十勝はひとつ こどもたちのために」ってほんとにいい言葉ですね。様々な自治体にお邪魔していると「自分たちのまち」への意識は強い一方で、市町村の枠を超えた、近隣の他自治体との連携に対する意識はどうしても下がってしまうのではないかという感覚がありました。これは致し方ないことですが、とはいえ今後予想される未来社会を考えると、特に町村という単位で、単独でできることは少なくなる気がしています。

今日のお話にもあったように、当然この「連携」はそう簡単に行えるものではないと思っていますが、そういったこれまでの「難しい」をこえていけるように、我らも事業を通じて頑張っていきたいです。

全くの余談ですが、以前教育長が、「阿曽沼くんは我々の指示に対して時々ちゃんとノーを言ってくる。生意気だなとも思うけど、だから信頼できるんだよな」と言ってくれたことは、いまでも自治体の皆様と向き合う際に大切にしている言葉です。はい、褒めてもらったことは、絶対に忘れません。(笑い)

ある意味お客様である自治体の皆様に対して謙虚であることは大切だと思いつつ、外部の人間だからこそ、事業者という立場だからこそできること、お伝えできることを考え抜き、率直にお話しする。
今後もこのスタンスを大切に、地域の教育、ひいては日本の未来をともにつくっていけるよう精進していきますので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

本日はありがとうございました。

両名のプロフィール

右)上士幌町教育長 小堀雄二(こぼり・ゆうじ)

昭和35年、北海道函館市生まれ。仙台の大学を卒業後、昭和63年に根室市立北斗小学校に教諭として着任。平成5年、根室市教育委員会にて社会教育主事に就任し、平成8年には北海道教育庁渡島教育局の社会教育主事として勤務。その後、道内の社会教育事業に従事する。平成24年には「国立青少年教育振興機構国立大雪青少年交流の家」の次長を務め、平成27年に上士幌町立上士幌小学校の校長に就任。平成29年より上士幌町教育委員会教育長に就任し、現在に至る。

左)株式会社コエルワ 代表取締役CEO 阿曽沼 陽登(あそぬま・きよと)

平成元年、京都府生まれ。岡山県倉敷市育ち。医学部を目指して多浪するも挫折。北海道浜中町で酪農業に従事したのち、宮城県女川町で教育NPOの活動に参加。平成25年、24歳で慶應義塾大学に入学。在学中にアルバイト先のおでん屋を間借りし、小中高生が集う学びの場を開設。取り組みは他地域にも拡大。卒業後は若い世代を対象に、研修事業を展開する。平成30年、教育分野での活動が評価され、世界経済フォーラムのU33 Global Shapersに選出。令和元年より創業100年の非教育事業会社の経営企画に参画し、戦略策定やワークショップの運営、中期経営計画の策定に携わる。令和6年、株式会社コエルワの共同代表CEOに就任。

【参考サイト・資料一覧】
上士幌町子ども教育ビジョン
かみしほろ学園(コミュニティ・スクール)
北海道上士幌高等学校|地域みらい留学

編集・作成チーム:太細真弥/谷郁果/南小春 写真:大類日和

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