日本の常識が全く通用しないエチオピア
エチオピアで首絞め強盗に遭ってパスポートを無くし、
①日本に緊急帰国する、②日本でパスポートを作り、エチオピアに届くまで3週間待つ、③緊急パスポートを作ってケニア、南アフリカ、エジプトのいずれかに行き、そこでパスポートを作る
の三択の中から、選択肢③を選んで緊急パスポートを作ったは良いものの、出国する為に、異例の出国VISAが必要なことが発覚。
付き添ってくれる韓国人の友達と一緒に渋々イミグレーションに行き、書類を提出してVISA申請を試みるも、「このポリスレポートはイミグレーション用に書かれていないから出直してこい」の一点張り。更に、金土日は休みだから、月曜日に来いと告げられ、目の前で提出した書類をビリビリに破かれた。そんな事言われても、書類は現地語で書かれていて読めないし、警察にも大使館にもこの書類で大丈夫と言われていたが、仕方がないので出直すことに。いや、待て。破かんでええやん。3日ほどかけて書類を集めた努力が水の泡だ。
またゼロからのスタート。帰り道、肩を落として歩きながら大使館に連絡すると、政府が変わって間もないため、各機関がキチンと機能しておらず、手続きが複雑になっている可能性があるけど、私達にも何も分からないと言われて電話を切られた。
血の気が引くのが分かる。周りには物売りの少年少女達が群がっているが、今は彼らに構っている余裕もない。VISA取得には最長で3日かかると大使館に言われており、その為余裕をみて6日先のケニア行きの飛行機を予約したのに、VISA取得の目処も立たない上、仮に全てが上手く行って月曜日に提出出来たとしても、取得するのはフライトの前日。とても上手くいくとは思えない。
希望を込めてもう一度大使館に電話をすると、今まで何回も警察に行くのに付き添ってくれた元エチオピア警察官で英語が話せるジヒンというおじいさんが月曜日の早朝に来て、書類を取得するのを手伝ってくれることになった。
良かった。これでもし書類を取得出来て月曜日、イミグレーションが閉まる17時までにVISAの手続きを完了させればフライトの前日までにVISAが取得出来る。
信頼できるジヒンが手伝ってくれる。ようやく一息つき胸を撫で下ろす。この時はまだ、これからの道が平坦ではない事は知る由もなかった。
待ちに待った月曜日。朝9時に大使館からお迎えが来て、護送車に乗って各機関へ向かう。週末に過去の事例やVISAについて色々調べてみたが、有益な情報は何も無かった。しかし今日も韓国人の友達は付き添ってくれる。有難い。
まず最初に訪れたのは今まで幾度も足を運んだ地元警察。ジヒンを通して話を聞くと、手元の携帯でYouTubeを再生しながら、こちらも見ずに、「俺たちはイミグレーション用に書類を書くことは出来ない。警察本部に行ってくれ。」と言われた。
じゃあこの前、これで大丈夫って言いながら笑顔で手を振って見送ってくれたのは何やってん。そん時に言ってくれや。ってかYouTube見るな仕事せえ。
YouTubeから流れる陽気な音楽に比例して段々と苛立つ気持ちをグッと抑え、手続きを進めようとすると、「とにかく俺には関係ない」と言ってどこかに行ってしまった。
キレそうになるも、警察官が持っている大きな銃が目に入って冷静になる。こんな奴らに銃を持たさないで欲しい。
まともな別の警察官を捕まえて手続きを進め、次に向かうは警察本部。ここでは、流石に本部だけあり、皆仕事中にYouTubeは見ているものの、声をかけると仕事はちゃんとやってくれる。もうYouTubeに関しては何も思わなくなって来た。これが麻痺というやつか。ジヒンに連れられ本部の中を行ったり来たりして、何が書いてあるか読めない書類に次々と署名をしていく。
その次に訪れた謎の機関でも、待たされはしたものの特に大きなトラブルは無かった。時計を見ると、まだ11時。ジヒンに聞くと、あとは書類にスタンプを押して貰って、VISA申請承諾のサインを貰うと、それをそのままイミグレーションに提出出来るらしい。つまり訪問する機関は残りふたつ。17時まで時間はたっぷりとある。
しかし、実は安心している余裕は無かった。
次の機関に訪れると、そこには建物の外にはみ出すほどの行列が出来ており、先の方で怒号が飛び交っていた。何事かと、列を掻き分け、先頭まで行くと、そこで一人の職員らしきおじいさんが、上の階へ通じる階段の前に立ち、肉眼で見える程の唾を絶えず撒き散らしながら大声で怒鳴り続け、人々を上に行かせないように流れを堰き止めていた。
ジヒンに聞いても何が起こっているのか分からない。ただひたすらに「午後に来い」と言い続けているらしい。周りの人にも聞いてみると、昨日も一昨日も同じ事を言われて入れずに3日ほど待っている人もいた。このまま2〜3日も待つことになれば確実に飛行機を逃してしまう。
いつもは温厚なジヒンもこの時ばかりは怒りを露わにし、僕を連れて職員のおじいさんの元へ行き、言い争っていた。何を言っているのかは全く分からないが、おじいさんが何故かこちらに顔を向けて怒るため、全身で唾を受け止めてしまう。
だが結局、僕の受け止めた雨のような唾の甲斐も虚しく、おじいさんに勝てず押し戻されてしまった。しっかりとした理由もなく、恐らくただ仕事を増やさないように堰き止めているらしい。
「Soooooooo stupid(ほんまにアホや)!!!!!」
こんなに怒っているジヒンを初めて見た。
血管が顔面に浮き出て眼鏡の奥で目を見開き、全身で怒っていた。
元警察官こええ。そう思ってもう一度おじいさんの方を見てみると、ある事に気づいた。何組かの人々が、何やら紙を見せて通して貰っていたのだ。
ジヒンに伝えると、恐らくあれはサウジアラビアに巡礼に行く為の手続きをする人達。その人達だけ特別に通行するのを認められているのかもしれないらしい。
階段付近の状況は依然として混沌としている。怒号が飛び交い、人々が押し合い、門番のおじいさんがその人混みをほぼ殴る勢いで押し戻す中で、時々数名がそこを通過する。
ジヒンは怒りながらも、諦めた様子で、一度大使館に帰ってまた午後もう一度来る事を提案して来た。でもそれでは多分上手く行かない。状況を考えると午後に来ても通してはくれないだろう。今行くしか道は無い。僕は心を決めた。
「よし、ジヒン。あの時々通過する人達に紛れて、おじいさんの目がこっちに向いていないうちにこっそり人混みを抜けて上の階に行ってしまおう。」
ジヒンの顔が一瞬驚いた表情に変わり、その直後、すぐにその顔に薄っすらと笑みが浮かんだ。
「分かった。私も後に付いていく。」
人混みを掻き分け、紙を持った人達が階段の方へ向かっていくのが見えた。
僕はフードを出来る限り深く被り、後ろに少し首を捻り、ジヒンと目を合わせて頷きあう。ジヒンもまた、真剣な目をしていた。
首を前に戻し、少し俯きながら早足で階段の方へ歩き出した。
騒々しく蠢く人混みの隅で、僕らの闘いのゴングが誰にも気づかれる事なく、静かに鳴った。
つづく。