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日本の常識が通用しないエチオピア その3
【終わった。ここで今日中に書類にスタンプを貰わないと、ケニアへのフライトの日までに出国VISAの発行を間に合わせる事が出来ない。
タッタッタッタッタッ。天井の隙間から漏れて来た水が、リズミカルに地面を叩く。
目の前が真っ暗になった。】
ーその2よりー
ガラス張りの扉のこちら側で人々が各々の書類を片手に懸命に抗議し、扉の向こう側ではあの職員が肩を震わせて大声で怒鳴っている。これはもうどうにも出来ない。ジヒンも同じ気持ちだったのだろう。2人で目を見合わせる。
これからどうなるのか。このままだとフライトを逃して何万円も余計に支払わなければいけないだけでなく、出国VISAを取得出来るかどうかも分からない為、そもそもエチオピアを出ることも出来ないかもしれない。
「これからどうしよう」
不安な気持ちを正直にぶつけると、ジヒンは少し考えて口を開いた。
「今は政治が不安定でほとんどの機関が正常に機能していないから、スタンプ無しの書類でもバレずにサインを貰えるかもしれない。やるだけやってみよう。」
こんな重要な書類のやり取りでそんな事が罷り通るはずがない。そう思いながらも藁にもすがる思いで車に乗り込んだ。
そして車を数十分走らせ到着した次の機関。いつものように、職員を含めた周りの人から「チャイナ!チャイナ!」「ニーハオ!」と言われながら手荷物検査を受ける。いつもは笑顔で言葉を返せるが今はそんな余裕がある筈もなく、スルーして建物内に入る。
ジヒンの背中をひたすら追って迷路の様な廊下を進んで行き、ある部屋に到着した。時刻は午後12時30分。午後13時から始まる1時間の昼休憩まで十分に時間はある。サインを貰えますように。祈りながらノックをする。が、返事が無い。ドアノブを回してみると、扉には鍵が掛かっていた。
怪訝に思い隣の部屋の職員に訊ねると、この部屋の職員は1時間ほど前に昼休憩に行ってしまったらしい。は?ちゃんと仕事せえや。
どこに行けば会えるか、何時に帰ってくるかを聞くと、「私には関係ない」と、扉を閉められ追い出されてしまった。どうなってるんだこの国は。
仕方なく付いて来てくれた韓国人の友達と、僕達も昼食を取る事にした。選んだのは近くにある綺麗なカフェ。エチオピアの中ではかなり綺麗な方で、値段も張る代わりにサービスも行き届いている気がした。
しかし何分待っても注文した料理が来ない。50分は待っている。更に周りの、明らかに僕達より後に来た人達のテーブルにどんどん料理が運ばれてくる。時間がない為もう3回はウェイトレスを急かしたが、毎回「後1分だけ待って!」と言いながらあたふた厨房に走っていくだけで、一向に料理は来ない。エチオピアと日本では1分の定義が違うらしい。
昼休憩が終わる時間まで10分を切り、最後に直接急かす為に厨房に乗り込んだ。するとそこは、ひと目見ただけでも分かるほど店のシステムがしっかりしておらず、手際が悪かった。急かすつもりだったが、もう無理だと判断して全ての注文をキャンセルし、店を出た。なんでこんなに全部、事が上手く進まないのだろう。
沈んだ気持ちで車に乗り、荒い運転に身体を大きく揺らしながら先程の機関に戻った。
コンコンコン。同じ部屋の前に立ち、静かに3回ノックをすると、中から返事があった。よし、ちゃんといる。でも闘いはここからだ。ここでサインが貰えなければ結局全てが水の泡だ。
中に入ると、50代ぐらいのスーツを着こなした女性職員が奥の机に座っていた。今までの職員や警官たちと違い、携帯も見ておらず厳粛な雰囲気を全身から醸し出している。緊張しながら書類を手渡し、来客用の椅子に座った。ジヒンがしきりに何か話し掛けている。職員の気を少しでも書類から逸らそうとしているのだろうか。
職員が書類に一通り目を通した後、手に持ったペンで余白に何か書いていく。ジヒンの方を見ると、職員に話し掛け続けながらこちらを見てしっかりと頷いた。もしかしてバレずにサインをして貰えているのか。でもそんな事があり得るのか。
職員に呼ばれて書類を受け取り、挨拶をして部屋を出た。
恐る恐るジヒンの方を窺うと、満面の笑みを僕に向けていた。
「やったーーーーーーーーーーー!!!!!」
長い長い夜がようやく明けた。
はしゃいで喜ぶ僕達に、待合室で待っていた人達が訳も分からず拍手をしてくれた。良かった、ようやくこれでイミグレーションに行って出国VISAの為の書類を提出できる。ケニアに行ける。フライトチケットを無駄にしなくて済む。
しかし太陽は永遠には昇らない。夜は必ずまた訪れる。その時僕達はまだ、その事を知らなかった。
つづく。
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