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エチオピアで首絞め強盗に遭った話 その2


意識が朦朧としている中で、両ポケットから携帯、財布が強引に奪い取られていくのが分かる。ズボンの中に隠していた、パスポートとクレジットカードが入った防犯バッグも剥ぎ取られた。
皮肉にも、ダミーの携帯を入れた上着の右ポケットだけは探られなかった。

首を絞めていた腕が解かれ、ようやく酸素が一気に身体の中に流れ込んでくる。
ずっと噛み締めてしまっていた舌からは血が流れ出し、口の中が鉄の味で満たされ、その味で自分がまだ生きている事を実感する。

ガンッ。

突然右脇腹に強い痛みを感じた。
最後にトドメとして、蹴られたのだろう。
もうどこまでが地面で、どこまでが自分の身体なのかが分からない。
視界の隅に、左の小道に走っていく何人もの黒い影が見える。

もう全てがどうでも良くなっていた。生きたいけど、自分が生きているのかどうかも分からなかった。

「やっと終わった。」

永遠であるかに思えた時間が終わった時、僕は感情を失っていた。
痛い。生きてる。盗られた。死にかけた。助けて欲しい。
そんな感情は一切無く、ただただ「やっと終わった。」と頭の中の遠くの方で、誰かが呟いた。
自分が一体の人形のようだった。
中身は何かで詰まっているけど、ハサミで開いて覗いてみたら、大量の綿しか出てこない人形。 

ゆっくりと膝をついて立ち上がり、泥だらけの身体のまま、小雨に打たれながら何かに取り憑かれたように50メートル程先に見える小さな灯の元へ、両脚を交互に動かし身体を運ぶ。 

遠くの方から、何か音を発しながらこちらに向かって走ってくる何人かの集団がボンヤリ見える。 

すぐにはその音が人間の口から放たれる言葉だとは気付かなかった。 

「…you…k?? Are you ok?? Are you ok???」 

僕の名前も遠くの方で連呼されている。
集団の先頭を走っていたHさんは、僕の姿を確認した時、とても驚いた表情を浮かべていた。 

後から聞いた話では、Hさんは現場から逃げている際、もう僕は死んだか意識不明の状態になっていると思っていたらしい。
襲われる前に間一髪のところで逃げ出し、頭のすぐ横で投げられた石の空を切る音が聞こえ、左右から掴まれそうになりながらも必死に助けを呼びに走っている時に振り返って見た光景が、カオス過ぎてそう思ったとのこと。

首を絞められている僕に群がる黒い影たち。
暗闇の中で時折見える、僕に向かって伸びる腕や脚と絶え間なく聞こえる声にもならない嗚咽。
それを見て、本当に取り返しのつかない事になっていると感じたらしい。 

「Ok.」

放心状態で何とかそう返事をして、襲われた現場に向かう。
その時、Hさんが呼んでくれた助けに連なるように何処からともなく15人程の警察官が銃や警棒を持って現れた。
騒ぎを聞きつけたか、誰かの通報によって来たのだろう。 

「No problem. No problem. You are ok.」

いくつかの簡単な英単語しか知らないであろう警察官達は、こちらが何を言ってもそうとしか返してこない。 

いや、なかなかbigなproblemやと思うし、大丈夫かどうかは俺が決める事やん。
ってかこんなに近くにおるんなら助けに来てや。 

彼らは犯人が逃亡した道を進みながら、怪しそうな奴を片っ端から警棒で殴り、事情聴取というよりも拷問と言った方がしっくりくる何かをしている。
あまりにも怒鳴りながら殴るせいで、こいつが犯人なのかと思った奴がその場で捨てられるように解放される。 

あ、こいつ犯人ちゃうんや。じゃあそこまで殴らんでもええのに。 

警察までもが自分の常識からあまりにもかけ離れているせいで、逆に正気を取り戻し、心に少し余裕を持つ事が出来た。 

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小松航大
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