「転生者たちの就活事情~君、異世界生活で学んだことは?~」第3話
●美山れな(21)、鳴海詩織(34)
「美山れなと申します。私は、御社から配信されている乙女ゲームの世界で、前世の記憶……美山れなの記憶を取り戻し、一年間メインヒロインの令嬢、リリーナ・マインフォードとして活動しました」
うちの会社で作ったゲームの異世界か。その異世界の神様や創世者は、うちのゲームのヘビーユーザーなのだろうか。
わたしの担当するテーブルにいる就活生──美山れなは、勝ち気そうな印象の女性だった。令嬢というよりは、むしろ冒険者によく見るタイプだ。
そしてもう一人。
「鳴海詩織です。偶然ながら私も同じ御社の乙女ゲームの世界で前世の記憶を取り戻し、令嬢として十年過ごしました。私の場合はモブ令嬢でしたが」
鳴海詩織は美山にチラリと目線をやりながら、控えめに微笑む。こちらはさらに令嬢生活が長かったためか、お辞儀が指先の動きまで優雅だ。
「同じゲームとは驚きですね。お二人の経験について聞かせいただいてもよろしいですか?」
白々しいわたしの呼びかけに、まずは美山が口を開く。
「リリーナ・マインフォードは、メインヒーローのアルヴィス・ヴァン・ワイズリー公爵の婚約者です。ところが私はゲームにはなかった冤罪事件により、婚約破棄されてしまい、逃げるように田舎に行きました」
ありふれたラノベのような導入だし、当社のゲームでなければ覚えられないような名前がつらつらと飛び出して来た。
我が社のマーケティングチームによると、ユーザーはかえって覚えにくいようなキャラクター名(ミドルネームもあると尚よい)を呪文のように唱えることや、爵位ピラミッドを研究することが好きらしく、この乙女ゲームも御多分に漏れない。
「冤罪とは災難でしたね。田舎では何を?」
「はい。男装をして騎士学校に入学しました」
わたしは「ス」から始まるライフスタイルかと構えていたのだが、別のベクトルだった。ハイハイ。男装令嬢ね。
「私はそこで掛け替えの無い学友たちを得ることができました。また上級剣術も習得し、近衛騎士見習いとして入城を果たしました。私はその経験から新しい環境に順応し、目標に向かって邁進していくことの大切さを学びました」
「なるほど。つらい境遇にもめげず、新天地で目標を持って生活をしていた、というわけですね」
にっこり「はい!」と返事をする美山にわたしは笑顔を返すと、続いて鳴海の方を向いた。
「鳴海さんはモブ令嬢……とおっしゃっていましたが、そこでは何を?」
「はい。私はクリスティーナ・フェルドラという名前の没落貴族の娘でした。結婚のアテもなかったためにワイズリー公爵家に奉公に行くことになり、公爵様の専属メイドとして働きました」
鳴海の言葉に、美山の眉がぴくんっと動いた。
没落やモブはよく耳にする単語だが、注目すべきはそこではない。
うちのゲームでなければ聞き逃すところだったが、「ワイズリー公爵家」とは、乙女ゲームのメインヒーローの家。つまり、鳴海はアルヴィス公爵の専属メイドを務めたことになる。
「働きを認められ、公爵様との婚約、そしてフェルドラ家の復興も支援していただきました。ワイズリー家の方々からは、気配りができて面倒見が良いという評価をいただいております……」
「なるほど。メイドとして、そして一人の女性としても認められたわけですね」
わたしはテーブルに流れる気まずい空気を堪能しながら、時計に目を落とす。
さて、同じゲームの異世界にトリップした就活生たちがわたしと共に卓を囲んでいるわけだが、これは偶然ではない。もちろん履歴書を見て決めており、彼女たちの真実を暴くための座席配置だ。
「ありがとうございます。では、今からお二人でペアディスカッションをしていただきます」
美山と鳴海の視線がわたしに注がれる。いったいどんなテーマで討論をするのか……と、緊張した面持ちだ。
しかし、わたしの【暴露】ディスカッションでは、政治や環境問題なんかは登場しない。
「相手の異世界生活を『ディス』ってください。わたしはそれを拝聴しています」
二人は予想外のテーマに驚いたようだった。
「お互いを批判せよ、ということですか?」
「私たち、初対面ですが……」
美山と鳴海は、「困りましたねぇ」いう顔を突き合わせつつも、もちろん面接には受かりたい。必死にわたしの意図を汲み、「ディスる」ポイントを探ろうとしていた。
まぁ、無駄になっちゃうんだけどね。
「本音で話してくださいね」
わたしは手のひらをメガホンがわりにし、【暴露】のスキルを発動させた。
すると、さっそく美山が口を開く。
「鳴海さん。アルヴィスをどうやってたぶらかしたんですか?……って、あれ! 私、こんなこと言うつもりじゃなかったのなに!」
驚く美山と身構える鳴海。勤勉な就活生ならば【暴露】面接のことはリサーチしているはずだが、見たところ、美山はそれを知らなかったようだ。そして一方の鳴海は事態を受け入れ、腹を括ったらしい。
「美山さん。彼は誰にでも色目を使う貴女に嫉妬することに疲れたと言っていました。だから、罪に問われた貴女を庇う気になれなかった、と」
「誰にでもって……! れなは念のために他の攻略キャラとも仲良くしておこうと思っただけで!」
美山さん、崩れるの早いなぁ。ゲーム異世界の住人をキャラクター扱いしてしまうタイプなのかな。
テレビのワイドショーで見たことがあるのだが、乙女ゲームの異世界にトリップして、複数の攻略対象と関係を持ってしまったという人は珍しくないらしい。保険をかけていたら、ヒロインパワーでうまく行き過ぎてしまったパターンだ。
「そういう鳴海さんは思いっきり若返って、はしゃぎまくったんじゃないですか? 噂で、アルヴィスの新しい婚約者は十六歳って聞いてました。まさか中身がアラサー女だなんて、騙されたアルヴィスかわいそ~」
「年齢のことを指摘してくるなんて、無礼ですわ!」
感情が高ぶったからか、鳴海の口からは令嬢言葉が飛び出した。
「でも鳴海さんって、十年間あっちにいたんですよね? てことは、六歳の子の中身はオバさん? うわ、きっつ」
「たしかに、子どものフリをするのは大変でしたが、オバさんではありませんわ! 可愛く振る舞っていましたから!」
「だから、それがキツいんですって」
美山は痛い部分を突いているのだろう。
なぜかアラサー以上の人間は、異世界に行くと若返りがちだ。
しかし、外見と精神年齢の乖離は割り切って演じることを楽しめればいいが、年単位ならばストレスに違いない。わたしなら頭がおかしくなる気がするため、某名探偵の精神力には脱帽である。
そしてわたしがしばらくディスカッションを見守っていると、「年齢偽装!」、「ふしだら令嬢!」などと汚い罵り合いが始まってしまった。
おいおい。君たち、面接中だってこと忘れてないか?
「美山さん。どうせ騎士学校にだって、男漁りに行かれたんでしょう?」
「ふん! 悪い? 成り行きを装って転がり込んでやったのよ!」
この世でも異世界でもご都合主義な展開が起こる確率なんて、ごくごくわずかだ。だからわたしには、成り行きやトラブルは自ら起こすスタイルの美山を非難する気はない。
まぁ、とても不純な動機だけど。
「ほら、アルヴィスの言った通り。騎士学校でも、不純異性交遊をされていたんじゃなくて? 騎士学校の学生って、女に飢えていそうですもの」
「騎士学校のみんなを悪く言わないで! れなの初めの目的はクズかったけど、騎士学校には浮ついた男は一人もいなかった! 真面目で、騎士になりたいって頑張ってる人しかいなかった!」
美山は突然キレた。
少し気になったわたしは彼女の発言の真偽を確かめるべく、ディスカッションに口を挟んだ。
「落ち着いて、美山さん。君は、騎士学校で素敵な男性を探していたんじゃないの?」
「れな、さっき男装して入学したって言いましたよね? 最後まで男装を貫きましたよ。ラブイベントゼロの完璧な男装。だって、れなもみんなみたいに騎士を目指したかったから……」
聞き進めると、近衛騎士見習いになったことも嘘ではなかった。美山れなは、本当に騎士道に目覚めていたのだ。
「その適応力と志、すごいね」
わたしが就活生に関心することは珍しい。それくらい驚いたし、面白いと思ったのだ。
「ありがとうございます。イケメン公爵に責められて、キャッキャっしているアラサーとは違いますから」
気が強そうな印象は、美山の騎士道から来るのかもしれない。
わたしは人間性の見極めはこの辺りにして、落とし所を探すことにした。
「では最後に、うちの会社に就職したら何がしたいですか?」
「はい。わたくし……、私は、御社の乙女ゲーム製作に関わりたいです。わたしの経験を活かして、シナリオ班に入りたいです」
鳴海は、美山に圧倒されてしまったのか、すっかり声も態度も小さくなってしまっていた。
わたしは黙って頷き、美山の方を向く。
「私は新しいゲームを作りたいです! 『公爵に婚約破棄された令嬢が、騎士になって公爵の悪事を暴いてみます』なんて、ざまぁ展開のシナリオゲーム。どうですか?」
みんな、『ざまぁ』が好きだなぁ。
しかし、美山のそれは見てみたくもあるし、新しいゲーム作りへの意欲は、我が社には必要な素養だ。
「ありがとう。今日の面接は以上です。結果は追ってメールします」
***
数年後、わたしは社内の新作ゲームプレゼンで、美山れなを見かけた。
「時代はBLゲームです! 騎士学校で先輩を襲っちゃう新入生! 闇のある先輩! たらしのフリをしている実はピュアな先生! 卒業したら、主君はオオカミ! 次回作はこれで決まりです!」
なるほど。最近BLゲームの異世界にトリップする人が増えているのは、君のせいか。
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