「サラシがちぎれた男装騎士の私、初恋の陛下に【女体化の呪い】だと勘違いされました。」第3話
「次は光魔法を出すぞ。命が惜しくば、即刻立ち去れ!」
フェルナン王子が声を張り上げると、クズボン及び隣町のほぼ大人の先輩たちは、大慌てで逃げ出した。
そして、残ったのは挙動不審な私とフェルナン王子だけ。
「あ……、ありがとう……ご、ございました」
ぎこちない数年ぶりの敬語。
私はフェルナン王子の王子オーラにすっかり当てられ、縮こまってしまっていた。まさか、目の前に本物の王子が現れるなど、誰が想像しただろうか。まるで夢でも見ているかのようで、私はおずおずと話しかけることしかできなかった。
「なんで、助けてくれたんですか……?」
「他人の勝負に介入するのは良くないかと思ったが、卑怯な行いは見過ごせない。君はなぜ、彼らと戦っていたんだ?」
「戦いっていうか、喧嘩です。信仰心がないタダ飯食いって言われて……」
私がぼそぼそと理由を話すと、フェルナン王子は「なぜ神を信じない?」と質問を重ねた。この国には、炎の神と光の神の二守護神がいるという神話が残さされており、国民の大半がそれを信仰しているのだ。
おそらくフェルナン王子もそうだろうし、信仰心のない私は異端な存在であることには違いなかった。
「助けてくれない神サマなんて信じられないから……です」
私はぼそぼそと本音を吐き出す。
私の本音はみんなを怒らせてきた。
なんて罰当たりな子なんだろうと、今まで散々言われてきた。だから、目の前の王子様も同じだと想像し、てっきり非難されると思ったのだが――。
「なるほど! なら、俺を信じてみるか⁉」
「へ……?」
目がテンになった私に向けられる眼差しは、大真面目そのもの。フェルナン王子のキラキラと輝く金色の瞳は、戸惑う私を映し出していた。
「俺はこの国を光ある未来へと導く。必ずだ。だから、神ではなく俺を信じろ!」
「フェルナン王子を……?」
「そうだ。もし君が俺を信じた上で今の生活を嫌うのならば、ぜひ俺を支える騎士になってくれ。俺は君のような強く気高い魂を持つ者がそばに欲しい」
何を見て私が「気高い魂」?
皆目見当付かないが、フェルナン王子は懐から「騎士学校推薦状」なるものを取り出し、私に押し付けるように手渡してきた。
私は訳が分からないままソレを受け取り、じっと見つめ――こくりと頷く。
「フェルナン王子のお傍に行けるよう、精進いたします……!」
親にもあっさりと別れを告げられ、修道院では居場所などなかった私に「そばに欲しい」と言ってくれたフェルナン王子の存在が、嬉しくてたまらなかった。
自暴自棄になっていた私に突然差し込んだ眩い一筋の光。
そんな光に魅せられた私が恋に落ちるのは最早必然。
チョロいとか言うのは絶許である。
(フェルナン王子の騎士になる……。それが私の生まれて来た理由なんだ……!)
私は自らの使命を見出し、燃えに燃えた。
だがしかし。
(絶対男だと思われてるよな)
男の子と同じような短い髪に男女共通の子ども用修道衣姿の私が、女に見える余地などなし。
推薦状をくれた騎士学校だって、男子校のはずだ。完全に男だと認識されている。
(ま、お傍にいられたら人生万々歳か)
そう思ったその日から、私の男装生活が始まったのだった。
◆◆◆
「見ろ。あれが【女体化の呪い】をかけられた陛下付きの聖騎士だ」
「そもそも何処の馬の骨とも分からん男だったというのに、ついに女になるなど……。あのような者に陛下をお守りできるわけがない」
王城の中を少し歩くだけで、文官や武官、使用人たちから指をさされ、ひそひそと話題にされる日常にも慣れてきた。
文句は言えない。私が男装バレを恐れ、【女体化の呪い】疑惑に便乗したのだから。
(でも――)
「陛下は呪いにあてられていらっしゃる。そうでなければ、呪われた女体化騎士など傍に置かれるはずがない」
時折聞こえてくる、フェルナン陛下に対する中傷。
私が女だの女体化だの陰口を言われるのはかまわないが、フェルナン陛下が貶められることは許せない。
私は隣を歩くフェルナン陛下の顔を見上げ、
「陛下。あのクソ大臣、〆てきていいですか?」
と言いながら、指をバキバキと鳴らす。
すると、なんと陛下も指バキをしているではないか。
「じゃあ俺は、お前の悪口を言っていた文官たちを鉄拳制裁してくる」
「ちょ……、えっ! それはダメですってば!」
慌ててフェルナン陛下に指バキを止めさせると、本人は子どものように唇を尖らせて残念がっている。
パワハラの極み、ダメ! 絶対!
「あの、陛下……。私のことなんて庇ってくださらなくていいんですよ。元々上級貴族の出もない私が陛下のお傍にいるだけで、皆の反感を買っていたのに。その……、女体化まで……」
女体化。嘘だからなんだか言いづらい問題。
言うけど。
私が申し訳なさそうに俯いていると、フェルナン陛下はぎこちなく私の頭をわしっわしっと撫でてくれた。
彼の大きくて温かい手は、いつも私の心を上向きにしてくれる。
元気100倍、勇気100%、その他幸せパラメータもカンストだ。
「男でも女でも、俺がお前を信頼していることには変わりない。それに女になったからといって、剣の腕が落ちたか? 神聖術が使えなくなったか? 違うだろう」
フェルナン陛下のストレートな言葉の威力は抜群。私は眩しい太陽を直接見たかのような感覚に陥りながら、目を細めて、「もったいないお言葉です……!」をうわ言のように返事を口にした。
「事実だ。謙遜するな」
「陛下……!」
私は嬉しくて照れくさくてたまらない。愛しの陛下はお心が広い。
まぁ、元から女だったので、戦闘力が落ちるわけがないのだが。
(あぁぁ、もうっ! 陛下ってば私《アルヴァロ》に甘すぎる! 私がモブ貴族なら、甘やかしすぎだって絶対思う!)
そんなふうに、私が陛下とのハッピータイムを楽しんでいると――。
「ここにいましたか、フェルナン!」
廊下の向こうから現れたのは、黒髪の美しい貴婦人。社交界の黒蝶と呼ばれ、前王妃でフェルナン陛下の実母であるサブリナ・フォン・イフリート様だった。
息子のためなら何でもしてあげたい教育ママのような性格の人で、私は心の中で彼女のことをこっそり「美魔女ママ」とあだ名していた。悪い意味じゃない。私をあっさりと手放した親と比べたら、愛情の深さは素晴らしいものだと思う。
とはいえ、私はサブリナ様のことが苦手なのだが。
私がサッと跪いて頭を下げると、サブリナ様は「アルヴァロも一緒でしたか」と厳しい視線を向けてきた。
以前から、彼女が出生不詳の私にいい感情を抱いていないことは知っていたが、なかなか露骨になったものだ。
いや。谷間くっきりボディアーマー&ミニスカ&ニーハイブーツなんて恰好をしていたら、そりゃそうなるか。
ともかく、サブリナ様はご立腹な様子で息子と話をし始めた。
「フェルナン。また見合いを勝手に断ったそうね! ヒース公爵がお怒りだったわよ!」
「勝手なのは母上でしょう? 見合いはしないと言ったはずです。俺は、女性が苦手なのです」
「そういいながら、傍に女騎士を置いているじゃありませんか! そのような破廉恥な服装の女性が好みだというの?! センスが悪趣味な女性はおやめなさい!」
サブリナ様が怒りを露わにしながら、私を指差す。もちろん大変居心地が悪い。
(私の趣味じゃないです。陛下のガチめの性癖です……!)
私の服装はともかく、フェルナン陛下は頑なに見合いを受付ける気なはいらしく、サブリナ様に頷く気配はまったくない。
それは私が従者になる以前から続いているそうで、陛下も母君もお互い苦労しているのだな……と想像せずにはいられなかった。
フェルナン陛下は、女性からとてもモテる。権力、財力、魔法に物理的パワーはもちろん、容姿も国一番の男前。優良物件この上ない。
だが、極度の女性嫌いであると本人が公言している限りは、王国に王妃様や跡継ぎが誕生することはないのだろう。
フェルナン陛下との恋愛と無縁である男装従者をしていた私としては、どんな形でも彼が幸せになってくれることが一番だ。
けれど、先代王妃様はそれを許さない。
「いつまでも独り身など認めませんからね! とりあえず、パパッと女性嫌いを治しなさい! そうだわ! そこの女体化従者を使って荒療治と参りましょう!」
「え」
「え」
私とフェルナン陛下は、驚いて顔を見合せた。
サブリナ様のとんでもない思い付きの詳細は不明だが、パワハラじみていることは分かる。
私は顔を引き攣らせずにはいられない。
(荒療治ってなんだ?! 私に人権はないのかこの美魔女ママ!)
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