「恋煩いとルームシェア」第3話
【第3話】
いつも通りの孤独で平穏な午前中が過ぎていった。
だが昼休みになると、なんと普通科の生徒ら数人が俺の教室にやって来たのだ。
「体育委員の人いる~? 高瀬颯真から連絡来てない~?」
大声で叫んだのは、ちょっとチャラそうなダンス部員。ピアスが耳にいっぱい付いていて、シールだと思うが襟元にタトゥーが見える。俺だけでなく特進科クラス全体がひゅっと息を吞むのが分かった。
どうやら、彼らは欠席している颯真と連絡が付かないことを気にしているらしく、関係のありそうな生徒に何か知らないか聞いて回っているようだ。ついでに颯真がいなくてつまらないと大きな声で文句を言っている。
うちのクラスの体育委員の男子が困った顔で首を横に振ると、普通科の生徒たちは苛々した様子で舌打ちをするもんだから、なんだか教室の空気がピリピリとしてきて嫌な汗が出る。
まさか颯真が俺に惚れて俺の家にいるとは夢にも思わないだろうが、どうしたって居心地が悪い。もし知られたら、「オマエのせいで高瀬がおかしくなった」、「ソーマを返せ」と言われたり、最悪虐めを受ける可能性まである。
(やばい。怖すぎる……)
ぶるりと震え上がり、俺は目立たないように自分の席で縮こまる。できれば席で弁当を食べたいが、今日は教室から出た方がいいかもしれないと思い始めていると――。
化粧ばっちりのミスコン女子が俺を見て、「あ」と声を上げた。
「ねぇ、柊木君。そういや昨日、ソーマとなんか話してたよね? 休みの理由とか聞いてる? ウチらがメッセしても返信来ないんだよね~」
颯真のやつ、メッセージくらい適当に返しとけよと恨めしく思ってしまった。大怪我でしばらく行けそうにないとか、親が体調を崩して……とか、それっぽい理由を言っておいてくれたらよかったのに。
「い……いや? 俺は何も。体調が悪いんじゃないの?」
「ま、そだよね。柊木君が知ってるわけないじゃんね」
初めから期待などしていなかったらしく、ミスコン女子はあっさりと俺から興味を失くしてくれた。幸い、この高校には俺と颯真が幼馴染であることを知っている者はいないので、これ以上詮索されることもないだろう。
ひとまずホッと胸をなで下ろし、俺は颯真が作ってくれた弁当をスクールバックから取り出した。高校入学前に下宿の準備をしていた俺に、母親が唯一持たせたいい弁当箱だったが、高校二年の冬になってようやく出番が巡って来たわけだ。まさか母親も、颯真が弁当を作るとは思っていなかっただろうが。
パカッと蓋を開けると、ご飯の上に乗った鶏もも肉の照り焼きがドン! と目に飛び込んできた。他には卵焼き、プチトマト、ほうれん草のおひたしなんかも入っていて、彩も鮮やかだ。
(やばっ! すげぇうまそーっ!)
俺は静かに「いただきます」をすると、教室の隅の席でぱくぱくと弁当を頬張った。
卵焼きは朝焼いてくれたものとは別の味――砂糖の入った甘い卵焼きで、弁当らしい感じがしてテンションが上がる。おひたしは醤油が漏れないように、シリコンカップの底に鰹節が敷かれていて、その手間と心配りが嬉しい。鶏の照り焼きは大満足の量を入れてくれていて、男子高校生の胃袋を理解している感がひしひしと伝わってくる。
(うっま……)
颯真が俺のために作ってくれた、俺だけの弁当。
昨日颯真は「冷蔵庫の中身持ってきてよかったー」と言っていたが、多分違う。俺のウチにはシリコンカップなんてない。きっと颯真は弁当を作るつもりで食材や小物の買い物をして、それからウチにやって来たのだ。
「どんだけ惚れてんだよ、あいつ……」
優しくて美味しい味がする。こんなの嬉しくないわけがない。
かなり食べ進めてしまったが、せっかくだからと弁当の写真を一枚パシャリと撮った。もちろん、食べかけなので映えとは程遠い。
なので、颯真には写真はナシで感想だけを送ろうと、スマートフォンをポケットから引っ張り出すと、通知画面に履歴がわんさか溜まっていた。ミュートしていたので気が付かなかったのだが、颯真からのメッセージが二十件ほど溜まっていたのだ。
(なんだこれ)
思わずクスっと笑いが漏れる。
颯真からは「掃除中」、「コタツ布団干した」、「カップ麵の賞味期限去年じゃん。あぶね!」など、とりとめのないメッセージや自撮り写真が送られてきていた。
俺は誰にも見られないように写真を一枚ずつ保存すると、「家事ありがとー! 弁当すげー美味かった!」と手早く返信した。
そして、何事もなかったかのように再び弁当を食べ始める。
クラスメイトが颯真を恋しがっているなかで、俺だけが颯真を独占している。そんな優越感が嬉しくて、つまらない日常がちょっとだけ楽しく感じられた。
◆◆◆
ルームシェアを始めて数日――。
公休中の颯真は、昼間に家事をバリバリこなす主夫と化していた。部屋はピカピカに。ワイシャツにはアイロンが当てられ皺ゼロに。スーパーの特売日はカレンダーにメモ。冷蔵庫には作り置きのおかずがストック……。
「颯真って、めちゃくちゃ家庭的だったんだな。感謝の念百パーセントだわ」
「樹のためなら、なんだってできちゃうんだぜぃ?」
かっこつけた決め顔を向けて来る颯真は、本当に家事が苦ではないらしい。
金曜日も手間のかかる餃子をせっせと手作りしてくれていて、夜は餃子パーティを開催してくれた。ノーマルの焼き餃子だけでなく、キムチチーズ餃子、野菜たぷり餃子鍋、アイスバナナ揚げ餃子といった変化球もずらりと並び、男子高校生二人の腹を満たすには十分すぎた。
「ふぇ~……。うまかったぁ……」
完食後、すっかり満腹になった俺はコタツに入ったままごろりと横になっていた。
至福だ。至福の時とはこのことだ。颯真もコタツで一緒にのんびりしてくれたらもっといいのになと、俺は重たくなったまぶたをそのまま閉じてしまおうとしていたのだが。
「なっ。樹」
「は⁉」
にゅっと颯真が俺の顔を覗き込んできて、その距離の近さに完全に目が覚めた。俺がうっかり体を起こしたら、唇が当たってしまいそうな至近距離だったのだ。
「ななななんだよ⁉ 食後に寝るなってか? お前は俺の母ちゃんかよ!」
「違うって。お願いがあってさ」
颯真は転がって背中を向けた俺の肩を掴み、くるりと元の向きに戻してしまう。にこにことご機嫌な様子だが、その笑顔がなんだか怖い。
「オレの【恋ワズライ】を早く治す協力してくれるって言ってたよな?」
「い……言ったけど、ルームシェアするだけじゃダメなのか?」
「樹との同棲はすげぇ楽しいよ。毎日きゅんきゅんしてハッピー。でもちょっと足りない。俺は樹にケアしてほしいんだよ」
「ケア⁉」
「惚れてるオレの心を満たすケア。なぁ、樹……」
いつの間にか、笑顔がすっと消えている。切なそうな表情に変わった颯真の眼差しに射竦められ、俺は横たわったまま動けない。ドキドキしすぎて心臓が痛い。破裂するんじゃないかと思ってしまう。
「俺、エロいことはしないって言って……」
(待って神様! 俺は病気から始まるエロ展開なんて望んでなんか――!)