「うちのお嬢はハイスぺ亜人をご所望らしい~おじさん執事は静かに婚活を見守りたいのに~」第3話

【第3話】
 いつの間にか、侍女の中に変装した悪党が紛れ込んでいたらしい。
 返り血をまとった悪党は、トドメの一撃を追加しようと思ったのだろう。俺の背中からナイフを引き抜こうとし――。

「む……っ! 抜けない……⁉」

 ナイフは俺の背中に刺さったままびくともしない。悪党は顔を真っ赤にしてナイフを引っ張るが、まるで滑稽なパントマイムのようにしか見えない。

「ご苦労さん。俺、実は脱いだらすごい系なんだわ」

 振り返り、俺がニヤリと笑う。
 すると同時に、聖剣グラディウスの蒼刃が空で眩く閃いた。

「せいやぁぁぁぁぁッ‼」

 俺のもとに駆けつけたお嬢の重い一撃が悪党を沈め、戦いは幕を閉じたのだった。

 ◆◆◆
「ジェド、無事でよがっだぁぁ……」

 俺の背中にしがみついておいおい泣き続けるお嬢。せっかくメイクアップした顔が台無しだ。いや、素顔が可愛いことは保証するのだが、どろどろになった化粧のせいで非常に残念なことになっているのだ。

「泣くなって。俺元気だし。血がついちゃうから離れなって」
「もう血、止まってるしぃぃ……」
「それが分かってんなら尚更離れてよ」
「嫌。なんか嫌」

 子どものように駄々をこねるお嬢に困ってしまい、俺は仕方なく彼女を背中におぶって立った。勇者ファンが見たら泣くぞ、これ。

(ヤダヤダ。俺もお嬢も血まみれじゃん。メイド長激怒じゃん)

 俺が少し先のことを考えて暗澹たる気持ちになっていると、クスクスの大合唱をしている侍女たちを連れたヴィヌシュ皇子がやって来た。
 彼の拳には戦っていた時の黄金の光ではなく、淡く白い光が宿っていた。その白い光の正体は治癒術だ。彼はただの武闘家ではなく、神に仕えるバトルモンク。故に癒しの術を使うこともできるのだ。

「ジェド。傷を見せてくれ。オレが癒す」

 血は止まったものの、まだ痛みは続いていたので有難い申し出だった。
 しかし、俺が「ありがとう。んじゃさっそく……」とお嬢を地面に置こうとすると。

「私が癒すから間に合ってるわ!」

 背中の上からそう豪語するお嬢の言葉に、俺は「はい?」と首を傾げずにはいられなかった。

「お嬢、治癒術使えないでしょ? 魔術の修練ソッコーで投げ出したって聞いてますけど?」
「そうよ! さすが私の噂ね! 広まってる!」
「どや顔するな、どや顔を」
「心配しないで。救急箱でばっちり処置するから!」
「それ、ただの応急処置っていうんだよ」

 ヴィヌシュ皇子の治癒術の方が確実に早くて安全なのだが、お嬢はどうしても背中から降りないし、治療権を譲ろうとしない。なんだよ、足手まといになった嫌がらせか? と、俺が困り果てていると。

「どうやらオレの出番はないようだ」

 穏やかな笑みを浮かべながら、ヴィヌシュ皇子が頷く。狼耳はしゅんと曲がり、尻尾も寂し気に垂れている。
 獣爪族は感情が分かり易い。もしかしなくても、ヴィヌシュ皇子は落ち込んでいらっしゃる。そこまで俺を癒したかったのだろうか。光栄だ。

「……ありがとう、ヴィヌシュ。あなたとはいいライバルでいさせて」
「あぁ。息災でな。ベリームーン」

 お嬢がなんだかいい感じの台詞を口にして、ヴィヌシュ皇子が名残惜しそうに頷く。俺を挟んで、急に解散のやり取りをしているのはなんでだよ⁉

「ジェド。痛みが引かなければ、医者にかかるんだぞ」
「えっ! 待って、皇子! 諦めないで、俺の治療! 出番今だよ!」

 アンタ結局医者を勧めんのかよ、ちょっと治癒術してってよと叫んでも無駄だった。引き止めようとしても止まってくれないので、俺はお嬢をおぶったまま、ヴィヌシュ皇子と侍女たちの背中を見送った。
 そして、「またね~!」と笑顔で手を振っているお嬢。彼女が笑顔なら、まぁいいかと思ってしまう俺も俺である。

(まったく……。こんな破天荒お嬢に婿入りしてくれる亜人はいるのかねぇ)

◆◆◆
 見合いが続くお嬢は、さすがに疲れてきているようだった。隙あらば屋敷から脱走しようとし、俺が慌てて追いかけ回すことが増えている。

「頼むから、おっさんを走り回らせないでくれよ~……」
「私はジェドと鬼ごっこするの楽しいわよ!」
「そう言うなら屋根から降りて、地上を走ろうな?」

 屋敷の屋根の上から元気いっぱいにブンブンと手を振るお嬢は、可愛さ余って憎さゼロ。

 可愛いから全部許されるんだぞ! この美少女め!

 俺がメイド長から梯子を借りるしかないのか、怒られそうで嫌だなぁと考えあぐねていた時だった。
 不意に、お嬢の体がふわりと宙に浮かび上がったのだ。

「お嬢⁉」
「へっ⁉ なになにぃぃっ⁉」

 お嬢は首根っこを掴まれた猫のように目を丸くして、そしてじたばたと宙でもがいているが体の自由は利かず。ヒュンヒュンと不自然な軌道を描き、お嬢は謎の方向に飛んでいく。魔術で浮かされているのだ。

 誘拐だ、と俺は青ざめる。
 世界を救ったお嬢は、勇者として感謝されていばかりではない。助けた人の分だけ、恨みだって買っている。
 普段は聖剣グラディウスを振るい、どんな悪党もなぎ倒すお嬢だが、実は魔法に対する防御は強くない。物理で先に殴るスタイルのお嬢に復讐をするのであれば、魔術で連れ去ってしまうのが一番有効なのだ。

「お嬢ぉぉっ!」

 必死に走るも、屋敷の裏側に飛ばされていったお嬢には追い付くことができない。何の魔法も使えず、翼も持たない種族に生まれた自分を呪いたくなる。

(お嬢がさらわれても、俺は何もできねぇのか……!)

「ちくしょ――って、うわぁ!」

 屋敷の外壁の角を曲がるや否や、すらりとした美形男性に衝突しそうになり、俺は慌てて急ブレーキをかける。危うく美形男性を遥か彼方に弾き飛ばしてしまうところだった。

「アンタは……」
「ジェド! 師匠だったわ!」

 ハッとして声がした方を見上げると、お嬢がその美形男性にお姫様抱っこされながら元気に手を振っていた。無事でよかったと、ホッと胸を撫で下ろす――が。

「久しいですね、ジェラルド。元気にしていましたか?」

 煌めく長い金髪にエメラルドのように輝くグリーンの瞳、そして長く尖った耳をした美形男性は美しい唇で「ジェラルド」という名を口にした。
 あー、ヤダヤダ。その本名嫌いなんだよと、俺のテンションはダダ下がりだ。

「その呼び方、やめていただけますか? 俺は執事のジェドですよ。……マルドル伯爵領にようこそ。エルファー王国の大魔術師様」

 彼は、フラヴィオ・ゴルド・ラタトスク・エルファー公爵。エルフ族の大魔術師で、三年前の戦争で大活躍したお嬢の魔術のお師匠だ。

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