"Wonderful Tonight"
先日、私はとある人のライヴを観に行った。
場所は都内にある小さな居酒屋。
ゲリラ的に行われたライヴで、演奏時間は1時間程度のものだった。終始アットホームな雰囲気がただよい、とてもいい時間を過ごせた。
その人はバンドを組み、最近までメジャーレーベルに所属し音楽活動をしていた。しかし、私はその人がメジャーデビューする前、インディーズ時代のそのバンドの演奏を、たまたま聴いたことがあった。
私がそのバンドのファンになったのは、あの時のライヴを観てから数年後のこと。でも、いつかその人と話せるタイミングが私にも訪れたら、そのライヴの日のことを話したいと思っていた。できれば、その人がバンドで活動している間に。そして、メンバー全員に伝えたかったけれど、結局夢は叶わないままバンドは解散してしまった。
私は、バンドが解散してからしばらく財布に入れっぱなしにしていた、懐かしいチケットの半券を本人に見せた。そして、「この時、初めて(ライヴを)観ました」と、伝えた。今から14年前、その人がまだ20歳だった頃のライヴだ。本当は、その後のエピソードも話したかったけれど、他のお客さんと話し始めてしまったので言えない。
「まあいいか」
私は店を後にした。
それから私は、しばらく聴いていなかったその人がいたバンドの曲を聴いた。封印していたのだ、自分の中で。たかがバンドの解散ごときで、感情を振り回されてしまうなんて、子供っぽいし、バカバカしい。だから、今自分が本当にやりたいことや、やるべき仕事や日常にしばらく集中しようと心に固く決めていた。
でも、私は、解散しようがそのバンドが好きで、その人の作る音楽が好きなのだった。見失っていた、大切なことを。無理矢理、考えないようにしていた。そして、忘れていた感覚を、11ヶ月ぶりに聴いた歌声から取り戻した。今のその人の姿を自分の目で見て、聴き馴染みのある歌声を自分の耳で聴いたことで、「音楽をやめないでいてくれて、よかった」と、心の底から思えたのだ。
その人は、今日もまたどこかの街で歌っているらしい。近くチャンスが再び訪れたなら、また聴きに行ってみようと思った。
(2020.2.25 都内にて)