本と情緒の話
「付き合ってくれてありがとう」
「いーって。それよりオッケーもらえて良かったな」
他人の家。その辺の村の小屋ではなく屋敷レベル。庶民のオレ等から見れば豪邸ってヤツだ。
その中の部屋の一つにある、カーテンを締め切った薄暗くかび臭い通路を二人で進んでいた。素直に感想を言えば、咎めるような視線が横から突き刺さる。
「私的にお持ちのもので良かったわ。好きなだけ読んで帰っていいって言ってたし」
「ちょっといくつか手伝いしただけでこんな屋敷の奥まで入らせるとか、あのじーさん大丈夫?」
危機感ゼロか。呆れが混じる。今度は睨まれなかった。
小さなメモを片手に歩いていたリオの足が止まる。ズラリと並んだ本棚。その隅に何かの資料や本がてんでばらばらに積まれるだけ積まれて、床に小さな塔をいくつか作っている。管理を途中で諦めたのか。
「寂しいんじゃない。奥様にも先立たれたって言ってたし」
「……ま、一人は寂しいわな」
それとこれとは別だと思う、とは口にしなかった。
リオの目が少し丸くなる。変わった毛色の動物を見た時のそれだ。オレにだって情緒の一つや二つあるのだ。反論はせずに、涼しい様子で書庫を見回した。
窓という窓全てに分厚い布が貼られている。カーテンではなく直接窓にくっついている様子が息苦しい。
「よくこんなところに入ろうと思うよな。オレはムリ」
「書物がある所はどこもこんなものよ。日の光を長く浴び続けると劣化してしまうから。……あ、これ」
床に積まれていたタワーの一番上を、ひょいとためらいもなく持ち上げる。こんな暗い中でよくタイトルが読めたもんだ。相変わらず本のことになると執着がやべえ。
「懐かしいわね。この本、村で先生と一緒に読んだわ。覚えてる?」
「んにゃまったく」
「……相変わらず情緒の無い」
「そういうお前も、あんま変わってねーよ」
本を取り上げて、平積みの上に乱雑に置く。そのまま通り過ぎようとした時。どさりと音が聞こえた。
振り返れば、そこには崩れた本の山。幼馴染に睨まれながら、仕方なくせっせと積み直したのだった。
(いいわけ)866字。前回の探し物スキルの話の数十分前のシーンより。幼馴染のやりとりが書きたかった。
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